日記65(バトロワパロ)

両手で振り被った斧を、体重を乗せて全力で振り抜く。狙った相手は半身になってそれをかわし、斧は空を切った勢い余って横の木に深々と食い込んだ。まず い、と思う間もなくこちらの顔面めがけて銀の針が突き出される。巨体に似合わず魔王にあてがわれたのはアイスピックで、最初はその滑稽な姿を笑い飛ばした が、なかなかどうして彼の腕で振るわれると凶悪な武器だった。仰け反って避けるとその切っ先が頬を掠め、しかし開いた脇腹に蹴りを入れればさすがの魔王も くぐもったうめき声を上げてあとずさった。
その隙に斧を木から抜き取る。握り直そうと手に力を込めたが、意に反して得物は滑り落ちて地面に転がる。体力の限界だった。

「小僧、一時休戦だ」

そう切り出したのは、魔王だった。この島で戦い始めて、二回目の夜が訪れようとしていた。
*
何者かにより、この島(渡されたマップを信じるならば、海に囲まれた孤島である)に閉じ込められた。首に着けられた趣味の悪い首輪は爆弾が内蔵されてい て、ゲーム主催者の裁量一つで起爆する。そうならないためには三日の内に同じく閉じ込められた仲間たちと殺し合い、最後の一人になるまで戦い続けること ――と、そんなことを言い渡された。あまりに馬鹿馬鹿しい案件だが、事実この島では既に死人が出ている。赤の他人ではない。よく見知った仲間たちが失われ ていた。戦わずに徒党を組めば良いのでは、との逃げ道は首輪の制約が塞いでいる。六時間のうちに一人の死人も出なければランダムで誰かの首輪の爆弾を起爆 される仕組みだ。
私――こと、リンクは、そんなゲームに乗る気にもなれず、かといって何か状況を打破する手立てがある訳でもなく、途方に暮れていたところをこの男、魔王ガ ノンドロフと鉢合わせた。時の勇者と大魔王ガノンドロフは宿敵同士。いかに異常な状況といえども会えば決闘は免れない――そんな訳で、以来ずっと殺し合い をしている。定刻ごとに呼び上げられる死亡した仲間の名を聞くたびに、折れそうになる心も、魔王との決闘を演じていれば忘れられた気がした。
武器を放り投げて、荷物を置いた木陰に座り込む。手探りで鞄の中をまさぐって水の入った容器を掴むと浴びるようにその中身を飲み干した。隣に座った魔王が険しい表情でそれを咎める。

「水は慎重に使え、長く保たんぞ」

思わず苦笑が漏れる。敵のくせに、律儀な男だった。

「いいんですよ、長く保たせる気ないので」

こうして、思い立ったら殺し合って、疲れたら休憩して雑談を交わす。このゲームが始まって比較的すぐこの男に鉢合わせているので、二日間こんなことをしていることになる。
呼び上げられる名前に、同郷の姫君の名がないことに安堵して、そんな自分に自己嫌悪する。そんな苛立ちの矛先を目の前の男への殺意に替えて、こうして狂わずに生き長らえている。

「ゼルダは、無事でしょうか…」

疲れているのか、思ったことがそのままするりと口から滑り出てしまう。魔王は携帯食料を口にしながら言った。

「放送で名を呼ばれていないということは、死んでいないのだろう」
「そうですね」
「狡猾なあの女のことだ、ただでは死ぬまい」
「…ええ」

もはや細かいことに反論する気力さえ残っていなかった。魔王の赤毛の眉が片方跳ね上がった。なんとなく、怒られると直感して肩を竦めたが、予想に反して魔王の声は平常通りの低い声だった。

「これまでに殺された顔ぶれと、残っている顔ぶれから察するに、一同を殺して回ってるのはあの王子だろう」

脈絡のない言葉に一瞬思考が飛びかけるが、ようやく王子という呼称と青い友人の顔が結び付く。マルス。どこか遠い国の王子。戦乱の時代を生き抜いた男。
しかし、マルスは生来争いを好まない人間だ。魔王の予想は的外れである――と言いかけて思いとどまる。マルスは争いを嫌うが、それでも剣の腕は他の追随を 許さない。殺されていった面々の実力を考えれば、あながちその推論は馬鹿にできない。万が一、マルスがこれも仕方のないことだと割り切ってしまったのなら ――否、彼に限ってそんなことはない。あるとすれば、誰かを殺してでも生き残らせたい「誰か」がいた場合だろう。

「恐らくあの女は王子と行動を共にしている。王子に取り入って行動した方が生存率が上がるからな」
「は――」
「王子といるうちは、惨たらしく野垂れ死ぬことはなかろう。案ずるな、殺すぞ」

魔王の発言の一貫性のなさに、ああ、彼も疲れているのだな、とぼんやり思った。
同郷であるから、彼女の身を案じている、というのも勿論あるが、それ以上に彼女は知恵の女神に愛された光の賢者である。いかに困難な状況であろうともその 深い知恵と広い知識で打破してくれる。それ故、彼女は死んではならない。今も彼女はこの絶望を打ち砕くべく行動しているはずなのだから。
彼女を生かさなければならない。彼女の邪魔をしてはならない。その側で戦うことは叶わないので、せめて時間を稼がなければ。
そう、我々がしているのは時間稼ぎなのだ。万が一、6時間の内に一人の死者もでなかったとき。それは大いにあり得ることで、そうなったときに彼女の首輪が 気まぐれに爆破されて貴重な頭脳が失われるわけにはいかない。この男の命と、私の命、合わせて12時間、担保されるように私たちは生き長らえている。
――無論、私たちの間でそのような示し合わせがある訳ではないが、この男が同じことを考えていることぐらいは私にも分かるのだ。憎たらしいことに。


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