没ネタサルベージ4(リンゼル)

壁に背を付き、乱れた息を整える。剣を持つ手が震える。乳酸の溜まり切った体中の関節が悲鳴を上げていた。俯くと前髪を伝って汗が滴る。

はっきり言って、劣勢だ。自分は後手に回るばかりで、攻勢に出れたことなど殆どない。例え僅かな隙を見出して反撃に転じたところで、相手の十八番はカウンター。此方の動きなど完全に見切られている。
唯一勝機があるとすれば、それは――

「多彩な武器を使い分けるその状況判断力と、僕より勝る腕力。それが君の勝ち筋だろう」

壁の向こうから声がする。ツカツカとブーツの音を響かせて近付いてくる敵の前に、彼は重い体を引きずり姿を現した。
神殿。勇者が聖なる力を得んが為に、単身乗り込んで家捜し――ではなく、探索した、神秘的な空間。今はその厳かな佇まいだけを残し、神殿自体は戦場となっている。

劣勢に立たされた勇者――リンクは、既に勝利を確信して歩を進める英雄王マルスを見詰めた。

「貴方にそれが分かっているなら、もう私の勝ち筋は潰えたのではないですか」

半ば抗議するように口先を尖らせるリンクを見、マルスは朗々と笑った。

「情報は有益だ。しかし万能ではない」

マルスの右手には彼の愛刀ファルシオンが、左手には射程が伸縮する武器ビームソードが握られている。蓄積ダメージ%は27。まだまだ一撃で場外に飛ばせる望みは薄い。

「君なら僕の想像を軽く超えてくれるだろう、リンク」
「…そんなにハードルを上げられても」
「だが、君が障害を超えなかったことはない」

リンクは口を引き結んで黙り込む。こちらの蓄積ダメージは130%。アイテムはない。マルスに強打が無いのがせめてもの光明か、しかし彼の連撃に捕まったら最後。抵抗の余地なく叩き落とされる。
マルスはわざとらしく尊大に笑ってみせた。

「はっはっは。なんなら、僕を魔王に見立ててみるかい?少しはやる気が出るだろう」
「……面白い冗談ですね」

――そんな発破のかけ方はないと思う。
魔王の名を聞いた瞬間、リンクは己のこめかみあたりに青筋が浮くのを自覚した。音がする程に強く愛刀を握り締め、それまでは湧かなかった殺意が吹き出る。
その様子を眺めていたマルスは、どこか満足げに笑い、手の中でくるりと神剣を回した。

「悪くないね。そうこなくちゃ」
「魔王ならば、華々しく散って頂きましょう」

対するリンクの声は冷え冷えとしていて、ぞっとする程だ。無論、マルスも背筋を伝うぞくぞくとした感覚を味わっていたが、それは恐怖故でなく、戦闘からくる興奮故である。

「…悪くないね」

再度呟き、マルスは両手の剣を構えて走り出した。

***

結果から言えば、勝ったのはマルスだった。しかしリンクは非常に善戦し、勝負はサドンデスにもつれ込んだ。正面から全力で斬り結んだ二人の間に、しかしサドンデス名物のボム兵が投下され、相討ちとなった彼らは、場外判定のより遅く出たマルスに軍配が上がったのだった。

「いや、実に有意義な時間だった!」

常よりご機嫌な王子様は、整った顔を含みなく綻ばせ、子供のように底抜けに明るい声で続けた。

「リンク、やはり君は期待以上だったよ!あの状況から戦局をひっくり返すなんて」
「何を仰います。結局終始貴方が優勢で、貴方が勝利を収めているのに」

対するリンクは謙遜する風だが、しかし褒められて悪い気はしないのか、どこかその様子は嬉しげである。それもそのはず、皮肉こそいえど滅多に他人を讃えない王子が賛辞を贈るのは、マルスが認め、対等と見なした相手のみだからだ。
リンクもやはり屈託なく笑った。

「でも、マルスにそう言われると、嬉しいです。…あの、このあと時間ありますか?」

そうしてどこか遠慮勝ちに、体の前で手をもてあそびながら勇者が問う。マルスはきょとんとして首を傾げた。

「うん?何か用かな」
「この感覚を忘れないうちに、稽古をつけて欲しいんです。マルスがよければ…」
「勿論、構わないよ」

美貌の笑みで快諾し、マルスは頷く。子供らしく目を輝かせたリンクは、さあ早くと王子の手を引いて走り出した。

実に微笑ましい光景だ。
分かる。それは分かっているのだ、と二人の姿を遠目に見守るうら若き姫ゼルダは、しかし複雑な心境だった。手にしたタオルは乱闘を終えたリンクに手渡せればと持ち寄ったもの。が、リンクはマルスとの会話に華を咲かせ、ゼルダに気付く様子もなく去って行った。
彼らが乱闘の興奮冷めやらぬというのは分かる。優れた剣士であるマルスに、リンクが剣の指南を仰ぐのも道理だ。だが、そろそろ譲ってくれてもいいのではないか。マルスはもうじゅうぶんにリンクを独り占めできただろう――
そこまで考えて、ゼルダは慌てて首を振る。一体私は何を言っているのだろう。これではマルスに嫉妬しているようではないか。彼らは仲の良い友人で、お互いを認め合っている。その間に割って入る方が、空気の読めない愚行だ。いやしかし、でもああ…
ゼルダはリンクに声をかける機会を失ったまま、しかし潔く引き下がることもできずにこそこそとリンクとマルスのあとを追いかけていた。別段隠れる必要もないはずだが、二人の仲を邪魔しては悪いとの思いがゼルダにそうさせるのだ。結局ゼルダは姫らしからぬフットワークと隠密技術を駆使して、手練の剣士二人に感付かれることなく尾行を完遂してみせた。
茂みに身を隠してリンクとマルスの様子を窺うゼルダは、両手にカモフラージュの為の木の枝まで持って、そっと二人の姿を眺めた。二人は剣を片手に何事かを語り合っており、主に乱闘での場面を再現し、マルスが指南する構図である。リンクは真面目にマルスの話を聞き、真剣に剣を振るっていた。
懸命に剣を振るうリンクの姿を見、ゼルダは人知れず溜息をこぼす。何事にもひたむきで努力を怠らないその姿は、勿論かっこいい。剣の修行にかまけて私に逢ってくれない、と駄々をこねれば彼は私を優先するに違いないが、それがリンクを思う故の行動であるとは到底思えない。彼を思うならば、こうして静かに彼の努力を見守り、疲れて帰ってきた彼に「お疲れ様」と一声かけるのが私の仕事なのだから。


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