没ネタサルベージ2(亜空編)

「…マルス君、これで君が起こした殺人未遂は5件目だよ」

些か呆れた様子でそう宣うのは、この世界の創造神であるマスターハンド。巨大な手袋を象る彼は、その向かいで頂垂れる青年に詰め寄った。

「まだこんなことが続くようなら、私は君に精神安定剤を投与しなきゃいけなくなる」

「…すまない」

足元を見つめる青年は、覇気のない声で呟く。マスターはありもしない口から大仰な溜め息を吐いた。

「元はと言えば、私の落ち度だ。謝られては私の立場がないな…」

「貴方は尽力した。僕はそのこと自体に満足しているつもりだ。ただ…時々、結果に心が付いていけなくなるだけのこと」

マスターがしゅんと肩を落とすような仕草をすると、即座に青年は言い募った。が、自分で言った言葉に再び頂垂れて俯く。
マスターは気の毒そうにふよふよと青年の周りを浮遊した。

「君の苦痛は分かっているよ。しかしだね、その“時々”が怖いのだ。特に君の場合、本当に誰かを殺しかねない。君にはそれだけの実力がある」

「……」

青年の暗い瞳が、僅かに動揺に揺れた。

「…どうしたらいいのか、分からないんだ」

青年は、滔々と続けた。

「もう取り返しのつかないことだと頭では分かってる。でも、僕はこの世界の存在を認められない…認めたくない…」

「…マルス」

「認めたくないのに…」

頭を抱えて、青年が呻いた。

「僕は、この世界を愛し始めている」

ぴくりとマスターの体が動く。青年は依然として俯いたまま、喋り続けた。

「この世界を認めないでいることが、僕があの世界を忘れない唯一の方法だった。なのに、この世界の彼らは…僕を無条件で受け入れる。辛いよ…これじゃあこの世界を嫌いになれない…」

「…君は…」

マスターが青年の言葉尻が消えるのを待ってから囁く。

「この世界を認めない為に、この世界を…そしてこの世界の彼らを嫌いになろうとしたと?同時に自分自身も彼らから嫌われる為に、今まで彼らを殺そうとしていたのか?」

「馬鹿げてるだろう…?自分でも、どうしてそんなことをしているのか不思議になるよ」

渇いた声で青年が笑った。笑ってはいるつもりだろうが、不自然に顔筋がこわばっただけだった。
その表情もすぐに消え、青年は一層沈んだ声で言った。

「精神安定剤が、欲しい」

「……」

「このままでいたら、僕は再び、愛した世界を失うことになる」

マスターは躊躇するように指を順に動かした。自分から提案したことであったが、マスターにはその実安定剤を使用する気など無かったのだ。しかし、青年の精神状態は確かに異常だった。
――崩壊しているといっても過言ではなかった。

「…謝るのは私の方だ」

マスターの体を白い光が包む。かと思えばそれは一瞬で止み、マスターは中背痩躯の男の姿へと変わっていた。その手には数日分と思われる錠剤のシートがある。

「こんなになるまで、君を追い込んだ」

「僕は貴方の尽力に感謝している。それに…」

シートを受け取りながら、青年が首を振る。
次に顔を上げた青年は、悲しげに、しかし微笑んだ。

「僕を追い込んだのは、他でもない僕自身だ」



たまたま、マスターの部屋から出てくるマルスを見付けた。いつも以上に疲れた様子のマルスは、手に持った錠剤のシートを見つめて小さく溜め息を吐く。何かの薬だろうかとぼんやり思った。
先ほど食堂へ行ったら、酷い有り様だった。そこかしこに弾痕が穿たれ、訳を聞けばマルスがフォックスの銃を使って暴れた為だとか。“暴れた”と当事者だったらしいフォックス、ファルコ、マリオたちは言葉を濁したが、まぁ大体何が起きたかは予想がつく。差詰、マルスがその三人のうちの誰かを殺そうとして、フォックスの拳銃を奪い、乱射したのだろう。
しかし――と俺の思考は再び戻ってくる。薬だと?奴は何か病を抱えているのか?

「おい」

分からないなら、聞けばいい。俺は率直にそう思ってマルスに声をかけた。
するとマルスはまさか人がいるとは思ってなかったらしく、飛び上がって驚き、目を見開いて俺を見た。その際錠剤のシートが俺の足元に落ち、俺は反射的にそれを拾い上げていた。

「驚かせて悪かったな。これ…お前が飲むのか?」

拾い上げた薬を指してそう問うと、マルスは顔を真っ青にして荒々しく俺の手から錠剤を奪い取った。そして、叫ぶ。

「君には…関係ない!」

「まぁ、確かにそうだが。だがお前が何処か悪いなら気にはなる」

「…え?」

俺としては、特別不思議なことを言ったつもりなど微塵もなかった。当然のことを、当然のように言ったのだ。が、マルスは全く予想外だ――もしくは理解出来ない――というような顔をして俺を見た。
マルスは暫しの沈黙を挟んだ後、背筋がぞっとするような冷笑を浮かべて言った。

「仮に僕が何処か悪かったとして、どうして君が気にするんだい?」

どうして、だと?
俺の方が聞きたい。誰かを心配するのに理由なんかいるのか?

「理由はない。調子の悪い奴を心配するのは当たり前じゃないか」

「心…配…?」

マルスの顔からますます血の気が引いた。さっきからこいつは反応がおかしいと思う。心配されて何か都合が悪いのか。
俺が納得のいかない顔をして突っ立っていると、マルスは青ざめた唇を震わせながらじりじりと後退った。その際の足取りは何処かおぼつかなく、俺は内心ひやりとしていた。

「…マルス、お前本当に大丈夫か」

「どうして…僕に構うんだ…」

「どうしてって…だから体調の悪い奴を心配するのは当たり前だと――」

「違うんだよ!!」

突然、マルスが絶叫した。

「僕には、君に心配される価値も資格もないんだ!!」

「資格…?何の話を…」

「もう僕に構わないで!アイクなんか…アイクなんか…ッ――」

狂ったように喚きながら、しかしマルスの瞳は徐々に焦点が定まらなくなり、最終的にふつりと黙り込んだ。流石におかしいと思って駆け寄ると同時に、マルスは糸が切れたように仰向けに倒れた。床に倒れる前にその体を受け止め、「おい!」と大声で呼びかける。
返事はなかった。
代わりにすぅすぅと浅い寝息が聞こえてくる。はてなと首を傾げる前に、背後の扉が開いてマスターがひょっこり顔を出した。

***
初期プロット亜空長編その2
もっとマルスとアイクの絡みが多かったです

[ 13/143 ]

[*prev] [next#]


[←main]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -