没ネタサルベージ(亜空編)

「僕…今までマルスさんは怖い人なんだと思ってました」

唐突に、ぽつりとピットが呟いた。俺は思わず立ち止まってピットを見る。

「氷みたいに冷たくて、笑った顔も見たことがなくて、…怖くて、寂しくて、機械みたいな人だと」

ピットは申し訳なさそうに「今でも少し怖いですけど」と前置きしてから続けた。

「でも、タブーに向かって淡呵を切るマルスさんは、いつもと違って…何だか、とても人間らしかったです」

人間らしい。まさにそうだと俺は納得する。ピットに言わしめてこそ説得力のあるこの言葉は、俺が今まで感じていながら明確に出来ないでいた違和感にぴたりと当てはまった。
ピットはさらに、縋るような目で俺を見つめた。自分の考えが正しいのだと賛同してくれと言っているようだった。

「いつものマルスさんは、きっと本当のマルスさんじゃないと思うんです。ここに集まる前、何か辛い体験をして、心を閉ざしてしまったんじゃないかと。…本当は、怖い人なんかじゃないんだ」

「…そう、かもな…」

俺も、そう信じたかった。いや、信じている。最初に顔合わせをした時は、マルスは今ほど内向的じゃなかった。彼が変わった原因は、どうやら俺たちにもあるらしい。見ず知らずの俺たちが何故マルスの異変の原因になり得るのかという疑問も残るが、そう考えれば何かが閃く気がした。
そういえば、マルスはタブーの持ってる“データ”を見て顔色を変えたんだったな…。奴はそのデータが何がなんでも欲しいと言っていて――ダメだ、やっぱり分からない。

「僕、マルスさんの笑った顔が見たいです」

ピットは、何かを決意したような顔でそう呟いた。

「勿論タブーは倒さなきゃならない…でも、それだけじゃなくて、マルスさんの為に、何かをしたいんです」

「ピット…」

「僕たち、仲間なんですから」

返す言葉が見つからない。俺はただこの世界から脱出する為に今まで奔走してきた。しかしピットは、これまでに散々冷淡に接してこられたマルスの為に、何かをしたいのだと言う。

「俺も…そう思うよ。頑張ろうな」

せめてそう言ってやれば、ピットはとたんに顔を綻ばせて「はい!」と頷いた。



俺の後ろを歩くヨッシーは、何度も俺に声をかけようとしては首を左右に振って諦めるという動作を繰り返していた。俺は敢えて何の反応も見せず、黙々と歩みを進めていたが、そう何度も同じことをされては気にならない訳がない。

「何か用か」

しびれを切らして振り返り、そう俺が問うと、ヨッシーはびくりと目を見開いて固まった。ヨッシーの挙動に俺が気付いていないと思っていたらしい。
ヨッシーは大きな目をキョロキョロと動かし、気まずそうに視線をそらした。

「…こんなことを聞くのは失礼かもしれないんですが…」

しきりに俺と目を合わせないようにしてヨッシーが囁く。俺は少し苛立たしげに鼻から息を吐いた。

「…はっきり言え」

「あぁ、すみません…では、遠慮なく言いますけど」

礼儀正しい恐竜は、そう言ってようやく俺を上目遣いに見上げた。

「アナタは、どうしてマルスさんに協力する気になったのですか?」

「…は?どうして、って…」

「言っちゃなんですけど、マルスさんは常日頃からリンクさんに対して当たりが強かったじゃないですか。あぁ、ピットさんに対してもですね。ですから私は、真っ先にマルスさんの意見に賛同したリンクさんを不思議に思ったんです」

「………」

しばし俺は押し黙る。そしてヨッシーの言葉の意味を吟味した。
ヨッシーは、俺がマルスの意見に賛同したことが不思議だった。何故ならマルスは、常から俺に当たりが強かったから。――つまり?

「…俺が日頃のマルスの態度を根に持って、アイツに協力なんかする訳がないと思ってたってことか?」

「えぇ。…あ、だから失礼かもしれないって言ったじゃないですか!」

知らず、ヨッシーに問い返した俺の言葉には棘が宿り、ヨッシーは慌てたように顔の前で小さな両手を振った。それでようやく我に返り、一言「怒った訳じゃない」と断ってから俺は再び思案した。
確かに、ヨッシーの言うことには一理ある気もする。我ながら、日頃の俺(とピット)に対するマルスの態度は目に余るものがあると思う。直接何かをされる訳ではないが、廊下ですれ違う度に殺気のこもった蒼い瞳で睨まれたり、頑に俺とは口を聞こうとしなかったり、俺がアイツのいる部屋に入ると俺を避けるようにその部屋から出ていったり、そういえば乱闘の時はやけにしつこく狙ってくるし。
正直言えば、アイツのことは好きじゃない。向こうには何か理由があるのかもしれないが、俺としてはまったくいわれなき嫌がらせだ。考えれば考えるほど、何故俺はマルスの我が儘ともいえるあの提案に賛同したのか不思議になった。

が、その時のことを思い出していた俺は気付いた。何故、俺がアイツの我が儘に付き合う気になったのかを。

「…初めて見たからな」

「え?」

「無表情じゃないアイツの顔、初めて見たから」

タブーに食ってかかるマルスは、俺の知るどんな人間よりも表情豊かだった。驚き、歓喜、絶望、怒り、嘲笑、期待、感動が、あの僅かな時間の間にアイツの顔を通り過ぎていき、こんな表情が出来るのかと感心した。こんな表情が作れるのかとみとれた。

「あんな顔が出来る奴なら…ちょっとくらいは手伝ってやる価値もあるかと思って」

「そう…でしたか。いえ、さしでがましいことを聞きましたね。すみません」

「構わない」

これで話は終わりだと悟り、俺は再びヨッシーに背を向けて歩き出した。ヨッシーもその後をおとなしく付いてくる。しかし俺の思考はまだ先の会話を引きずっていた。ヨッシーと話している間に、アイツが最後に見せた表情を思い出していたのだ。

アイツが最後に見せたのは、俺を見ながら俺ではない誰かを見ている、そんな虚ろな表情だった。実は、この表情を見るのだけは初めてでは無い。マルスと初めて出会った日、アイツは俺を見てまさにその時と同じ表情をした。
無表情も、殺意のこもった視線も、あからさまな無視も我慢出来る。しかし、この表情だけは我慢出来ない。俺という存在をまるごと否定されている気分だった。
だから、俺はひそかに決意しているのだ。この戦いが終わったら、マルスにあの虚ろな表情の意味を問うのだと。俺やピットに対する行動の意味を問うのだと。

その為にも、さっさとこのふざけた茶番を終わらせなければならない。禁忌の名を戴くあのいかれた存在を、叩きのめす必要があるのだ。
俺は無意識のうちに歩む速度をはやめた。少しでも早く、アイツと、俺の目的が達成されるようにと。



かつてない歓喜に、かつてない興奮に、かつてない期待に身体が打ち震えた。
もう二度と会えることはないと思っていた彼らと、再びまみえることが出来ると思えば、僕は理性だとか正気だとかそういったものを一瞬忘れたのだ。勿論禁忌の悪ふざけだという可能性もない訳じゃない。しかし、この一時ぐらい何かに期待したってバチは当たらないだろう。
これで駄目なら、僕はもう彼らのことを諦める。過去は引きずらず、“この世界”で僕として生きていこう。

だから、この最後(あるいは最期)のチャンスに、僕は全てを懸けたいのだ。誰が何と言おうと、何が僕の前に立ちはだかろうと、僕は負ける訳にはいかない。

「…見張り、お疲れさん」

断りもなく、アイクが僕の横に座りながら言った。少なからず驚く。いつの間に。気配に全く気付かなかった。
それだけ僕が深い思考に沈んでいたのか、それともアイクが故意に気配を消していたのか。――恐らく前者だろう。アイクにそんな野暮なことをする理由はない。しかしこれでは見張りの意味がないなと内心僕は苦笑した。
アイクは手に持っていたものを僕に手渡しながら続けた。

「飯だ。王族のアンタの口には合わないかもしれないが…鼠は」

アイクが差し出したのは、皮を剥がれてこんがりと串焼きにされた野鼠だった。そういえばさっき卿が捕まえていたっけ。
僕は苦笑しながらそれを受け取る。黄色い鼠である僕らの仲間の姿が一瞬脳裏をよぎり、苦笑せざるをえなかった。

「鼠って言わないでくれよ。ピカチュウを思い出すだろう」

「…あ、ああ」

今度はアイクが驚いたように軽く目を見開いた。僕が鼠にかじりつきながら首を傾げると、アイクはぬぅんと唸って言った。

「…アンタ、平気なのか」

「何が?」

「ここにはベッドも料理もない。ましてやソイツはさっきまで生きてた鼠を焼いただけの飯だ。貴族のアンタは平気なのか」

ああ、なんだ、そんなことを。

「大概のことは平気だよ。これでも順応は早い方だし、野営なら慣れてる」

目の前で鼠の丸焼きを振ってみせる。アイクはやはり呆然として僕を見ていた。
まだ何かあるのかとアイクが口を開くのを待ってみると、アイクはほぼ無意識のうちにといった様子で呟いた。

「アンタ、変わったな」

「…変わった?」

「今のアンタは生き生きしてる」

生き生き、か。それもそうだろう。

「――ようやく、決心がついてね」

「……何?」

「僕は今まで、逃げていたんだ。君たちと向き合うことや、過去を諦めることから…」

この世界の存在を認めてしまえば、過去を忘れてしまうような気がしていた。だから、僕は否定し続けたのだ。この世界を。この世界特有の存在を。ないものねだりは虚しいだけだと、僕は分かっていながら、気付かない振りをしてきた。
しかし――全ては無意味だった。僕がこの世界を認めようと認めまいと、過去は消えて、戻らない。
戻らぬ過去を望むより、今ある現在を見据えなければならないと納得した。でなければ、この世界で必死に生きる君たちに失礼だ。

「もう、逃げない。全てに決着を付ける。それで駄目なら、諦めると決めたのさ」

未練がないと言えば嘘になる。しかし、諦めが悪いことと現在を否定することの間に因果関係はない。
この世界に来てから今まで、僕はあまりに無様だった。それではスターロードの名が泣くだろう?

「…何が――」

アイクはまだ引っかかりのあるようで、言葉尻を濁らせた。うん、と頷けば、それに勇気付けられたかのように彼は口を開いた。

「アンタの過去に何があったのか、話してくれないか」

一瞬、躊躇した。話してしまえば楽になる気がした。幸いにしてアイクも卿も古参メンバーではない。第三者的な態度で話を聞いてくれるだろう。
しかし、いざ口を開こうとすると、僕は背筋に薄ら寒いものすら覚え、恐怖や絶望や悲しみといった負の感情が僕の中で未だにくすぶり続けていることを知る。まだ、まだなのだ。もう少しだけ、心の整理がつくまでの時間が欲しい。

「……すまない。もう少し、待って欲しい…」

少しだけ、アイクが落胆したような表情をしたのを僕は見逃さなかった。しかし、すぐにアイクはまっすぐ僕を見据え、頷いた。

「――嗚呼、待つ」

それから彼は視線をそらし、ぽつぽつと喋った。

「俺は、アンタの笑った顔が好きだ。その方がアンタらしい。俺の知らない闇を抱えたアンタは、正直見ていて辛かった」

「…そう」

「マルス」

突然、アイクに肩を掴まれた。本当に突然で、僕は声すら出せずにアイクを見た。アイクはあまり感情の出ない顔に、しかし不安を滲ませて、懇願するように僕を見つめた。

「頼むから、一人で突っ走るなよ」

「え…」

「確かにアンタは前より生き生きしてる。だが、同時に自分のことを省みなさ過ぎる。アンタが怪我をすれば、メタナイトが心配する。――勿論俺も。俺が言いたいこと、分かるか?」

――分かりたくなかった。彼が続ける言葉を聞けば、僕は申し訳なさで押し潰されそうな気がした。

「ぼく、は…」

「俺たちは仲間だ。誰かを頼れ」

嗚呼。

今まで君たちを否定し続けてきた僕を、君はそんなにあっさり“仲間”だと断言する。

泣きたくなった。不謹慎ながら、申し訳なさよりも、嬉しさが募った。

「分かっ…た。頼るよ…」

***
初期プロット亜空長編でした

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