日記61(バトロワパロ)

再会を喜ぶはずだった。
背後に気配を感じ、ぎょっとして振り返ると、そこには見知った仲間の姿がある。名うての賞金稼ぎでもある彼女は、しゃなりと猫のように音もなくこちらに歩み寄ってくる。その様に妙な違和感を感じつつ、ロイはへらりと笑ってサムスを迎えた。

「良かった、無事だったんだな」
「ええ」
「他の奴らは?」
「会ってないわ」
「…サムス?」

速度を落とさずこちらに向かってくるサムスを見つめ、ロイは思わず数歩後ずさる。今更のようにその手に草刈り鎌が握られているのを見て、こんな状況下ではその意味を邪推しないではいられない。サムスは歩みを止めない。ロイは更に後ずさった。

「サムス、落ち着…」
「他にどうしろって言うのよ!!」

唐突にサムスが叫び、手にした鎌を振り上げた。鈍く光る刃が月明かりに煌めく。仰け反ってかわし、殆ど這うようにして逃げる。サムスはしかし彼を見逃す気はないらしく、ふらふらと体勢を整えると再びこちらにゆっくりと迫るのだった。

「誰を信じていいのかも分からない…じっとしていたって死ぬだけじゃない!」
「お、落ち着くんだサムス!きっと何か助かる方法が」
「ないわ、そんなもの」

逃げ延びた先、木の幹に背を預け、ロイが言うと、サムスは即座にそう吐き捨てた。ロイは返す言葉なくただ支給された荷物を胸の前で抱き締めていた。
この馬鹿げたゲームが始まってから、既に丸一日が経過している。最初はクレイジーの冗談かとも思ったが、初日の夜にマリオとファルコンが殺されたとのアナウンスが流れ、ロイ自身もその死体を見ている。二回目の夜を迎えたこの会場は、物騒な銃声と剣戟、そして悲鳴が響く恐ろしい空間へと変貌を遂げていた。

「私…貴方たちが好きよ。貴方たちが殺し合うなんて嫌なの。…だったらいっそ私が」

サムスの目が獲物を捕える猛禽さながらの光を宿す。次は避けられないとロイは直感した。自分がごくりと固唾を呑む音さえ異様に大きく感じる。
サムスが低い体勢から切りかかってくる。背後は木の幹、ロイに逃げ場はない。迷って迷って、迷った末に、ロイは抱えた荷物の中から支給された武器を取り出してサムスの攻撃を防ぐ。甲高い金属の悲鳴が森を駆け抜けた。
肉薄してきたサムスの腹に蹴りを入れ、ロイは何とかその場から逃れる。腹を押さえて蹲るサムスに、肩で息をしながらロイは叫んだ。

「こんなこと…馬鹿げてるだろ!頭を冷やせ!」

手にした金属の棍棒、所謂バットだが、使うことはないと信じていた。まさかこんなに早く使わざるを得なくなるなんて、とロイは戦慄しないではいられない。が、サムスは聞く耳を持たずロイに狙いを定めると再び彼に切りかかる。
しかし、恐らく人より生命の危機に晒される機会の多かったロイは、この時理性よりも防衛本能が勝っていたのだ。汗ばむ手でバットの柄を握り締めてからの記憶が、ロイからはすっぽりと抜けてしまっていた。

気が付くと、ロイの前には血だらけの女が倒れていた。頭蓋が陥没し、滅茶苦茶に殴打された顔は、個人の断定を拒むかのようでもある。生温かいその死体の前で、ロイは息を切らして立ち尽くしていたが、その時「ひっ」と小さな悲鳴が上がり、ようやく我に返って悲鳴の主を振り返った。ルイージだった。
常から臆病であることは有名なルイージだが、その様子はやはり尋常ではない。それもそのはず、目の前で仲間が同士討ちをしているのだ。ロイは唐突に弁明の必要に駆られた気がして、声を張り上げた。

「ち、違うんだルイージ、俺は…」
「まさか、まさか君がこんなことをするなんて…!」
「それは」

ロイは反駁しかけて、自分の握るバットを見下ろした。凹んだ傷は仲間を殴り殺した時にできたもの。例え正当防衛だったにせよ、その事実は変わらないではないか。結局彼は言葉を失い項垂れる。ルイージはそのまま一目散に逃げていった。追い掛ける気力もないロイは、その場で立ち尽くすしかない。

どれくらいそうしていたのか、再び誰かの気配を感じてロイは顔を上げる。森の茂みを掻き分けて現れたのはマルスだった。マルスは血だらけの死体を見、次いで凶器を持ったロイを見、しかし歩みを止めずにロイに近寄った。

「…マルス」
「大丈夫かい、酷い顔だ」
「……」

マルスはとうとうロイの前に立ち、その肩に手を置いた。その表情は物憂げで、しかしロイに対する恐怖や軽蔑の色は無い。ここでようやく、張り詰めていた何かが切れたように、ロイは握り締めていたバットを手放した。体が震え、酷い吐き気が込み上げる。マルスはそっとロイの肩を抱いてあやすように背中をさすってくれた。

「俺が、俺がサムスを殺したんだ。俺が…!」
「うん…そうか」
「取り返しのつかないことを…サムスが俺を殺そうとして、止めるつもりだったんだ。本当に、それだけの…」
「ロイ」

静かな、それでいて有無を言わさぬ強い声でマルスがロイを呼んだ。懺悔なのか、それとも言い訳なのか、判別のつかないロイの言葉はそれで一切遮られる。冷や汗で額に張り付いた前髪を払うように手でよけ、マルスは揺れるロイの目を手で覆う。そうして一言「大丈夫」とその耳元で囁くと、ロイの震えは急速に収まっていった。
その様子を見てマルスは微笑む。そうして音も無く手にしていたサバイバルナイフをロイの首筋に押し付けると、躊躇わずに一気に彼の喉笛を引き裂いた。何が起きたかも分からないままに、ロイは絶命する。そんな彼を労わるように優しく横たえ、マルスは小さく呟いた。

「すぐに楽にしてあげるから」


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