日記58(黄昏)※45の続き

「父さん」

呼ばれて、目を覚ます。声の方を振り向くと、いつか見た幼い自分が不思議そうにこちらを見ていた。否、自分ではない。息子である。

「どうした、リンク」
「モイが呼んでる」

そういえば、と昨日の出来事を回想する。剣を教えてくれ、と頼み込まれたのは随分前の話だが、モイは非常に熱心に俺の指南を仰いだ。昨日も稽古の約束をしたばかりだ。俺は起き上がって枕元に置いた剣を手探りで探した。
その間も、息子がじっと自分を見ているので、小さく笑ってみせた。

「一緒に来るか」
「うん」

途端、花が咲いたように笑う息子が可愛らしいと思えるようになったのは、この村にいるおかげだろう。息子には短めの木刀を持たせ、ようやく見つけた愛刀を腰に提げ、家の前で待つ友人の元へ急いだ。

「腰が引けているぞ。前に出ろ」
「くっ」

泉のほとりに不釣り合いな剣戟の音が響く。息子は端の方で飽きもせずに素振りをしていた。俺の集中が逸れたのを感じたか、モイが突っ込んでくるが、敢えて受け止め押し返す。
モイは素直で生徒としては申し分ない男だった。熱意もあるし、助言はすぐさま吸収する。が、残念ながら剣の才は無かった。彼は牧童だった。

「向かないことをしているというのは分かってるんだがな」

初めて会った時よりも瑞々しさを失った顔は、疲労のために土気色になっていた。俺が何も言わないでいると、モイは続ける。

「年は取りたくないもんだ。…体が言うことをきかん」
「安心しろ。俺が稽古を付けてるんだ。少なくともその辺の憲兵や魔物には劣らない」
「…ありがとな」

別に気を遣ってやった訳ではないが、モイはそれも世辞だと取ったのか、苦笑して言った。剣の才はないとは言ったが、基本の型は既に出来上がっており、けちを付ける余地などない。何より、身を守る為の術を教えたのだ。これだけ出来れば上等だ。

「…お前も、だいぶ変わったな」

突然にモイが言う。俺は意味が分からずに首を傾げた。

「そんなに老けたか」
「見た目の話じゃない。いい父親になったよ、お前は」

俺は黙り込んだ。ついこの前、真逆のことを言った自分の発言を勿論俺は覚えている。それをフォローするためかと思ったが、モイはそんな俺の考えを見透かしたように笑った。

「お前と初めて会った時のことは、今でもよく覚えてるよ。正直、リンクを取り上げてうちで育てようかと相談していたくらいだったが…お前はよく変わってくれた」
「…モイ」
「リンクを見ればよく分かるじゃないか。あの子は愛情を目一杯に受けて、優しく芯の強い子に育った。お前が育てたんだ」

モイが微笑んだ。目元に寄る皺があの頃より格段に増えた。だが、その本質は全く変わらない、優しい表情。

「自分のことを、ろくでもない親だなんて卑下するなよ」
「俺は…」
「父さん、モイ!何を話してるの」

高めの声が、軽やかな足音と共に駆け寄ってくる。息子がこちらに来るところだった。モイは、「お前の父さんは凄いという話さ」と悪戯っぽく俺を見て笑った。が、息子の方は大真面目に頷き、そうなんだと感心したように呟いた。
もう、訂正するのも面倒臭くなってきた。小難しいことを考えるのが馬鹿馬鹿しい。今がこんなに平和で、幸せを享受出来るのだから、それでいいではないか。
俺もつられてくすりと笑い、大仰な構えで剣を振りかざし、芝居がかった口調で続けたのだった。

「そうだ。こう見えて俺はその昔、時の勇者と呼ばれていて――」
***
多分まだ続く。

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