共食い狂想曲

*12

「それじゃあいってきまーす!」

元気よく声を上げながら、屋敷の扉を押し開く子供たち。そんな彼らの後ろ姿を心配そうに見つめるのは、残った屋敷の住人たちだった。

「ねぇ、本当に大丈夫なの?あの子たちだけで行かせて」

不安げな表情のピーチが誰ともなく尋ねる。他のメンバーも同様の表情をしているが、その陰気な雰囲気を振り払うように明るくマリオが答えた。

「きっと大丈夫さ!なんたってマルスとカービィが付いてるし、それにあの子たちだってれっきとした英雄だろ?幽霊なんて軽く捻り潰してくるさ」

「…まぁ、今の私たちに出来ることは、彼らの無事を祈って待つことのみですね」

マリオの言葉に続けて放たれたリンクの低い声が、再び室内の体感温度を下げる。テンションの下がったメンバーは、もう一度不安げに子供たちの出ていった扉を見つめるのだった。



『本当にこんな空きビンで幽霊が退治出来るの?』

一方そんな大人たちの心配をよそに、子供たちは非常に倦怠感溢れる様子で屋敷から麓の街まで続く道を歩いていた。喋っていたのはピカチュウ。キラキラと輝く透明な空きビンを顔の前に掲げ、不審そうに子リンに問う。子リンは自信を持って答えた。

「射程距離に入ったら素早く瓶詰めにしてごらん。それからは売り飛ばすもよし、食すのもよし」

「いやいや待って、そんなこと出来るの子リンだけだから」

光の速さ――とまではいかないが、中々のタイミングでポポが突っ込む。未来有望な突っ込み属性の彼を穏やかな心境で見守るマルスは、ポポに赤毛の公子の姿を重ねた。

「とりあえず、使う使わないは別として気休め程度にはなると思うからさ。早い話が、お守り」

身も蓋もないことを言う子リンは、本当に仲間たちを元気付ける気があるのか甚だ疑問だ。そんな複雑な想いで、子供たちは銘々渡された空きビンを見下ろした。そんな沈黙を破り、ナナがパンパンと手を叩く。若干驚いたように皆はナナを見やった。

「はいはい!そんな先のこと、いつまでも心配してたって始まらないでしょ?きっとなるようになるわ。元気出さなきゃ損よ!」

いつも通りの明るい声で、子リンよりも確かに一同を元気付けるナナ。子供たちはナナの言葉にお互いの顔を見合わせると、何だか怖がっていたことが馬鹿らしくなってクスクスと笑い出した。
そんな彼らを見下ろす空は、昨日までの雷雨が嘘のような雲一つない晴天である。



一度は恐怖に打ち勝った子供たちではあるが、いざ件の屋敷を前にするとまた心地も変わるものだ。空は何処までも澄みきった青だというのに、その屋敷の周りだけはどんよりと淀んだ空気が流れている。自然と、ひしゃげた鉄柵をくぐるのが躊躇われた。

「…へぇ、ここだったらポゥ取り放題だなぁ」

そんな緊張を物ともしない声音の子リンに、同じく緊張感皆無の「幽霊さんって美味しいの?」というカービィの問いが応える。子リンはにっこり笑って頷いた。

「うん、ポゥは美味しいよ。だからカービィ、今日はお腹いっぱい幽霊さんを食べておいで」

「子リン、お願いだからこれ以上カービィに妙なもの食べさせないで…」

弱々しくネスが懇願する。子リンは「大丈夫だよ、僕も食べてるし」などと言うが、子供たちにとってはそれこそ“妙なもの”であった。
しかしマルスは弱々しいネスの声に眉をひそめる。幽霊屋敷を前にして畏怖の念にかられているのかもしれないが、マルスにはどうもネスの存在が薄らいでいくように思えてならなかった。或いは、魂が半分ないという状況が、存在自体を希薄なものにしているのかもしれなかった。

「まぁ、いつまでもここで待っててもしょうがないし…入ろうか」

そんな子リンの言葉でマルスははっと我に返った。見れば子リンが言いながらいともあっさりと鉄柵をくぐるところだった。心の準備もへったくれもない。しかし寧ろ無理矢理とも思える催促が、子供たちの躊躇う背中を押したようである。半ば諦めたようにも見えるが、子供たちはおずおずと子リンの後に従った。

しかしネスだけは動かない。魂が半分に減っていることもあり、完全にこの屋敷の放つ異様な空気に気押されているようだった。マルスが心配そうに上から彼を覗き込んで「やっぱり止めておくかい?」と聞くが、しかし彼は「ふざけんな」と返す。それでも意に反して身体は進もうとしない。マルスは眉尻を下げてネスの肩に手をかけようとした。

「――ネスく…」

「僕が行かなきゃ!」

ネスは叫んだ。同時によろめくように前に足を出す。

「こんなでも、僕は戦士の端くれだ。皆と一緒に、戦うんだ!」

自分自身に言い聞かせるように叫び、一歩ずつ前に進むネス。マルスと子リンたちは、唖然としてその様子を見守った。

「絶対に、負けないんだ!!」

この言葉を最後に、ネスはだっと鉄柵を走り抜けた。その先に待っていた子リンに激突し、その時初めて自分が鉄柵を越えたことに気付いたように後ろを振り返る。

「こ…越えれた…」

安堵の溜め息を吐くネスに子リンはにっこりと笑いかける。「頑張ったね」と子リンが言うと、ネスは気恥ずかしそうにうつ向いた。

「さすがだな、ネス君。君の精神力の強さには感心するよ」

その後ろから悠々とマルスが歩いてきた。彼は平生と全く変わらない様子で、仄暗い空間にあってなお凛としていた。そんなマルスの姿は見るもの全てに光や希望を与えるのだった。
マルスはいつものように蒼の瞳を細め、余裕めいた笑みを浮かべた。

「だが無理は禁物だよ、愛すべき英雄諸君。君たちの勇気はまさに称賛に値するが、そうしておきながら君たちは残酷だ。自分たちが傷付くことを厭わず、それを悲しむ大人がいることを失念している」

「…え…」

笑顔とは裏腹に、呟かれた言葉は真摯な想いを秘めて子供たちに注がれた。そのギャップに付いていけなかった子供たちが不思議そうにしているのも構わず、マルスは「さぁ、行こうか」と子供たちを促すと、また更に異様な雰囲気を放つ屋敷へと歩き出した。

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