共食い狂想曲

*11

「魂を食べられた!?一体いつ…てか何で僕!?」

いつになく取り乱してネスが問う。その頃ようやくマルスが起き上がり、子リンとネスの横に立った。子リンはごく軽い調子で答えた。

「マーティン君とネスの相性が良かったんだよ。多分、あっちの屋敷にいる内にネスは憑依されてたんだろうね」

「でもマーティンは僕たちが逃げるまでずっと一緒に…」

「君が見ていたマーティン君はあの屋敷がなした幻影だ。本体はずっと君の身体に取り憑き、君の魂を蝕んでいた。そして残りの半分も、ここで肉体ごと食べることで奪ってしまうつもりだったんだろう」

子リンの口から次々と告げられる衝撃的な事実に、ネスは絶句するしかなかった。先程の寒気は、生命の危機を全身で感じていたからこそ芽生えたものなのだ。そこに思い至ると、唐突にネスは今まさに自分が生きていることの実感を得たのだった。

「…それにしても、子リンがそこまで知ってるってことは、王子から聞いた訳?」

「全てがそうという訳ではないがね」

ネスがふと沸いた疑問を口にすると、子リンではなくマルスが答える。
ひとまず「手足が長すぎるのも困ったものだね。クローゼットから落ちて転んでいらっしゃるお姿がとても無様で素敵でしたよマルス王子」「負け惜しみかいネス君、君のような腹の黒い子供でも幽霊に恐怖するような人間らしい感性があったとはまさに驚きだったよ」と口での応酬を挨拶代わりとし、二人は本題に入った。その様子を横で眺めていた子リンは呆れたように溜め息を吐いた。

「そもそも僕が君たちを迎えに行けたのは、勇者君の忠告があったからなんだ」

先程とは打って変わって真面目な表情のマルスが続ける。

「勇者君が、今回君たちの帰りが遅いのは雨のせいばかりではないのでは、と予想してね。もしかして道中にある幽霊屋敷に迷い込んだのでは…と危惧して行ってみたところ、ドンピシャだったという訳さ」

「子リンはあの屋敷のことを知ってたの?」

すかさずネスは子リンに尋ねる。子リンは小さく頷いた。

「知ってたけど、説明が面倒だから黙ってた」

「面倒…」

余りにしょうもない、しかし子リンらしい理由にネスは肩を落とす。子リンは特に悪びれるでもなく、「まぁそう落ち込むなって」とネスの肩を叩いた。

「しかし弱ったな。ネス君の魂はあの子供に持って行かれたままだ。取り返しに行かねばなるまい」

「あー、そうだね。肉体から離れた魂は72時間過ぎると消滅しちゃうから。ネスどんまい」

「消滅しちゃうの前提で話進めるの止めてくれる!?っていうかホントに衝撃的な事実をあっさり言うな、君は!!」

マルスと子リンのやる気のないやり取りに必死に突っ込みを入れるネス。彼らを頼りにしている訳ではないが、突き放されると人間誰しも不安になるものだ。

「それじゃあ何?またあの屋敷に行って幽霊相手に戦わなきゃならないの!?」

幽霊が特別怖い訳ではないが、生命の危機を感じたネスは出来ることならそれは避けたいと思っていた。しかしマルスは珍しく優しげな表情を浮かべると「そんなこともないだろう」と答えた。

「仲間の有事とあらば、他の皆も協力してくれるだろう。明日にでも屋敷の皆を連れて幽霊屋敷に殴り込めば…」

「それは無理だよ」

マルスの言を子リンが遮る。ネスとマルスが不思議そうに彼を見やると、子リンは面倒臭そうにがしがしと頭を掻いた。

「あちらさんだって馬鹿じゃない。僕らが強そうな仲間を連れてぞろぞろ向かって行ったら警戒して出てこないよ…行くなら、今日あの屋敷に行ったメンバーとせいぜい子供ぐらい…まぁ、それで十分事足りると思うんだけど、ネス、大丈夫?」

唐突に話題を振られたネスはほぼ反射的に頷く。それを確認して満足げに頷くと、子リンは「実はね」と続けた。

「君が帰ってきたときから“こうなる”って分かってたんだ。だから、ポポやナナ、カービィとピカチュウにはネスの魂が食べられちゃったことと、明日もう一度あの屋敷に一緒に行って欲しいってことは言ってあるんだ」

「そうだったんだ…」

悪ふざけしているようで、用意周到な子リンにネスは内心舌を巻く。そこにマルスのあっけらかんとした笑い声が落ちる。

「安心したまえ。僕と勇者君も付いてゆくから、そう滅多なことも起こるまい」

「そういうこと。…とりあえず今日はもう寝るといい。明日また細かな作戦を練って、昼には出発だ」

言いながら子リンはちらりと壁掛け時計を見やった。時刻は早朝三時半。新聞配達のバイクの音が聞こえてもおかしくない時間帯である。
そうだねと言いつつ伸びをする王子と堪え切れずに欠伸を漏らす子リンを見つめ、ふと視線を落としたネスは口の中でごもごもと呟いた。

「――」

「え?」

それに気付いた子リンが聞き返すも、ネスは慌てたように手を振り「な、何でもない!おやすみ」と答えて布団を被る。不思議そうに首を傾げて顔を見合わせる子リンとマルスだが、僅かに笑んで「おやすみ」とだけ告げると二人は部屋を出て行った。
二人の足音が遠ざかるのを待って、顔だけを布団から出したネスは、はぁと溜め息を吐いて先の二人のことを思った。

子リンもマルスも、どうやらネスに幽霊が取り憑いていたことに気付いていたらしい。その幽霊が、夜中ネスが一人になったのを狙って襲いかかるのを危惧し、ネスの部屋のクローゼットで来るべき時に備えて身を隠していたのだ。一体いつから待っていたのだろうか。ネスが部屋に入るより前である訳だから、少なくとも五時間はあのクローゼットの中にいたことになる。身体の小さな子リンならいざ知らず、マルスがあの狭い空間に無理に入っていたのならば、それは無様に転んでも仕方ないと思った。
思えば、あの幽霊屋敷で絶体絶命の状況に陥った時に助けてくれたのもマルスと子リン(間接的にではあるが)だった。

助けられるばっかりじゃないか、僕は。

「…お礼…言いそびれちゃったな…」

借りを作るなんて、さぞかし寝覚めが悪いだろうに。
そう思いながら、少年はまどろみに身を任せて瞳を閉じるのだった。

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