共食い狂想曲

*9

未だ雨足は弱まる気配を見せない。しかし丘の上の荘厳な屋敷にともる温かな光を認めて、マルスとネスたち子供軍団は疲れきった足に鞭打ち、残りの数十メートルを走った。

「帰ってきたんだ…僕たち!」

「生きてるって素晴らしいわ!」

『神様に感謝しなきゃ』

「ちょ、君たち、神様より先に感謝すべきは僕だろう!?…ってコラ、ネス君今僕のマントで鼻拭いただろう!待ちたまえ!!」

それぞれに叫びながら、屋敷の扉を押し開く。抵抗なく開かれたそれは、据え付けられたベルを小気味良く鳴らして子供たちの帰還を告げた。

「ポポ!ナナ!それにピカチュウとカービィも…ネスとマルスも無事ですか!?」

そんな彼らを出迎えたのはエプロン姿に心配そうな表情の勇者だった。手にお玉を握っている所を見ると、まだ夕食の準備の最中らしい。――彼が夕食の準備を放り出して来るなど、相当心配している証拠だ。

「悪いね、遅くなった」

遅くなった原因には触れず、マルスは子供たちを浴場へと押しやる。リンクは物問いたげに王子を見つめたが、彼は小さく首を振るのみだった。



「…なんで言わなかったの」

リンクが遠ざかるのを確認して、ネスが問う。既に他の子供たちは浴場まで駆け出していたが、その後ろを悠々と歩くマルスとネスは互いに目も合わせず、しかし歩調だけはぴったり合っていた。

「リンクには後で言うつもりだよ。ただ君たち子供の前で再びトラウマに触れてやるほど僕も無神経じゃないんだ」

「…どうだか」

マルスの返答に満足したのか、それとも呆れたのか――恐らく後者であるが、ネスはカービィたちの後を追って走り出した。その背中を穏やかな表情で見送る王子は、ふとある部屋の前で立ち止まる。そうして閉められた扉に向かって語りかけた。

「君の言う通りだったよ――勇者君」

語りかけた扉はごく僅かな間を置いた後、遠慮がちに開かれた。そこから滑り出るようにして現れたのは金髪碧眼に緑衣の少年――子供時代のリンクである。“子リン”の愛称で知られる彼を、王子は敬意を持って“勇者君”と呼んでいた。というのもマルスが普段共に過ごす大人のリンクと同一にして大きく異なる子リンは、子供とは思えない落ち着きと冷静さ、思慮深さを見せるからだ。

「コンパスをありがとう。役に立った」

懐から手のひら大のコンパスを取り出し、子リンの手の上に落とす。子リンは小さく頷くとそれを受け取り、それからリンクと同じ物問いたげな視線をマルスに寄越した。

「…で」

子リンは多くを口にしない。しかしマルスは彼が何を求めているのか分かっていた。

「…君の言う通り、ネス君たちは街へ行く途中にある幽霊屋敷で“雨やどり”していたよ」

「やっぱりか…」

子リンは深く溜め息を落とした。とことん子供の外見に似合わない行動である。

「前々からあの屋敷には色々とヤバいものを感じてたんだけど…相当道から外れてるから平気かなと油断してたんだよね。ネスぐらいには言っておけば良かったなぁ」

今さらながら後悔を口にする子リンに苦笑を漏らし、しかし元気付けるようにマルスは続けた。

「でも君がいち早く彼らの危険に気付いて、僕に助言してくれたから間に合ったんだよ。あと少しでも遅ければ、あの子たちは食べられていただろうし…そもそもあのコンパスが無ければ幽霊屋敷にも辿り着けなかった」

「あそこは磁場がおかしいから、普通に歩いてるだけじゃ屋敷には辿り着けないんだ。普通コンパスも上手く動かないけど、このコンパスは特殊だから。…まぁ、本当は僕が行けば良かったんだけど…」

そこで子リンの言葉は消失する。どうやら行けなかった理由があるらしいが、それを口にすることもまた憚られるらしい。マルスは敢えてそれを聞かず、「この僕を顎で使うなど大層な身分だな」と軽口を叩いてみせた。子リンはただ曖昧に頷くだけであった。

「…それで、だな」

唐突に声のトーンを落とし、マルスは既に廊下の角に消えた子供たちを見やる。子リンは無表情に王子の眉目秀麗な顔を見上げた。

「…多分、連れ帰って来てしまった」

マルスが苦々しげに呟く。子リンの表情は変わらない。ただ一言「見えてた」と無感動に答えた。
しかしマルスはその子リンの一言に興味を抱いたようで、視線を子リンへと移す。子リンが首を傾げると人好きのする笑みを浮かべた。

「見えるのかい、幽霊が?」

「ちょっと前までは“まことのメガネ”がないと見えなかったけど、まぁ今は」

事も無げに答える子リンに「凄いなぁ」と賞賛の言葉を述べるマルス。あくまで子リンは無表情である。
が、それでも事態は余り彼の思わしくないところにあるらしく、彼は面倒臭そうに頭を掻いた。

「はぁ…面倒だなぁ。今晩、奴らは出てくるよ」

子リンは真剣な眼差しでマルスを見上げる。王子も真剣な表情でその視線を受け、しかし何処か愉快そうに蒼の瞳を細めた。

「ほぅ…それでは君のお手並を拝見出来るという訳だ。夜が楽しみだな」

「…寝なよ、アンタ。風邪ひくし」

最後に呆れたように答えると子リンはそれじゃあと手を上げ、すたすたとその場を立ち去ってゆく。マルスもまだ自分が濡れ鼠状態であることを思い出し、一つ伸びをすると浴場へ足を向けるのだった。

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