共食い狂想曲

*8

「マルス!どうしてここに…!?」

真っ先にポポが尋ねる。しかしマルスは低く「話は後だ」と呟いた後に、すっと腕を伸ばして蹲るネスを屋敷の外へ引きずり出した。ネスは唖然とした様子で、無抵抗に連れて行かれる。

「ほら、君たちも出ておいで」

マルスは残りの子供たちにもそう声をかけつつ、広間の奥でこちらを睨んでいるマーティンを一瞥する。マーティンは元々血の気のない顔をさらに蒼白なものにして、わなわなと怒りに震えながらマルスの蒼い瞳を睥睨していた。
勿論注意を払うべきは彼だけではない。地面に生える数々の腕はさておき、人型を取る発光体は子供たちを逃がすまいと開いた扉めがけて突進してくる。が、それは鮮やかに振り抜かれたマルスの神剣によってあっさり両断された。聞くに耐えない断末魔がその場の空気を振動させる。何とか屋敷内から出た子供たちは、身の毛のよだつ悲鳴に再び体をこわばらせた。

「何をしている!走れ!!」

そこへマルスの怒声が響く。朗々とした耳障りの良い声は、しかし緊急性を帯びて余裕が感じられなかった。その声にはっと我に帰ったポポがナナの手を引き、カービィとピカチュウが弾かれたように身を翻し、最後まで硬直していたネスをマルスが抱え上げて脱兎のごとく屋敷の庭を駆け抜ける。
最後の抵抗とばかりに閉じられた鉄柵を先頭のポポとナナがハンマーで吹き飛ばし、それからは何処にともいう明確な目標もなくただ走り続けた。あの屋敷から少しでも離れられればそれで良かったのである。
そんな彼らが再び振り返る余裕が出来たのは、降りしきる雨に視界が遮られ、屋敷の姿が確認出来なくなる距離まで逃げてきた時だった。



ネスは荒い息を整え、同時に頭の中も整理しようと試みた。しかしあまりに理解不能な出来事が一度に起こり過ぎて、いかなる結論も導き出されない。今更ながら我が身を打つ雨が冷たく感じられた。

「――?」

ふとその雨が止む。見上げる頭上に掲げられたのは傘、その持ち手は眉目秀麗な王子である。王子はネスにその取っ手を手渡し、ただ小さく笑った。

「もう存分に濡れただろうが…無いよりマシだろう?」

無言で傘を受け取り、改めてネスは王子の姿を見やった。彼が腰に差していたのはどうやら神剣だけではなかったらしい。彼の手にはネスの手にするものと同じような傘があと2本収まっていた。そのことに同じく気付いたピカチュウが声を上げる。

『傘…届けに来てくれたんだ』

「リンクに言われてねぇ」

彼は人使いが荒い、などと愚痴りながら残りの2本の傘を開いてポポ、ナナと自身に差す。ちなみにカービィはネスの頭の上に、ピカチュウはマルスの肩に乗っていた。
それからふと真剣な表情に戻り、ぽつりと呟く。

「…来て良かった」

「うん…ごめんなさい」

責められた訳ではないが、マルスの呟きに込められた深い安堵を汲み取り思わずポポは謝る。マルスは苦笑して「無事で何よりだ」と言って手を振った。

「一体何だったんだい、アレは」

「そんなのこっちが聞きたいよ」

マルスの問いに刺々しいネスの返答が寄越される。僅かにマルスは顔をしかめたが、ネスはぷいとそっぽを向く。あれだけ走った疲れも手伝って不機嫌だった、ということもあるが、その実マルスに助けを求めてしまった自分に腹を立てていたのだった。
しかしそんなネスの内実を知るよしもないマルスは、ネスの顔を覗き込む。

「君、声に覇気がないぞ。大丈夫かい?」

「え…何この人。他人の心配するなんて、どこの宇宙人に金属埋め込まれたんですか」

「さっき君を助けてやったのは何処の誰だか忘れたようだな。つい数分前の出来事も覚えていられないのか、君は」

「チッ…はいはい、どーもありがとー。王子様カッコイイー」

「可愛げのない子供だな…」

憎まれ口を叩きつつも、どこか安堵したように頷くマルス。不安げに二人のやり取りを見守る子供たちとは裏腹に、今度こそネスはふんっと言って王子に背を向けた。



「…っあと少しだったのに!!」

バァン、と凄まじい音を立てて、使用人とおぼしき女は色白な拳を部屋の中央にあるテーブルに叩き付けた。その周りに佇むのは同じく使用人の恰好をした白髪の老爺と、茶髪に軍服の中年男。
老爺は女の振る舞いに太い眉をしかめたが、中年男は肩を揺らしてかかかと笑った。

「まぁまぁ、そう怒りなさんな、ユリウスさんよ。せっかくの別嬪が台無しだぜ」

ユリウスと呼ばれる女の気を鎮める為の言葉は、しかし少しも意味をなさず、ユリウスはきっと中年男を睨み付けた。

「ラナザック!アンタって人は…悔しくないの!?人間ごときに、私たち幽霊が一杯食わされたのよ!」

今にも掴みかからん勢いでユリウスはラナザックに怒鳴る。そこでついに堪りかねた老爺が口を開いた。

「ユリウス…マーティン坊っちゃんの前でそのようなはしたない行動は慎みなさい」

低く深みのあるしゃがれ声に、はっとした様子のユリウスはもじもじと縮こまって「すみません…」と蚊の鳴くような声で囁いた。再びラナザックが笑い声を漏らす。

「こっちの嬢ちゃんはえらくご立腹だが…我らがマーティン坊っちゃんはこれからどうするおつもりで?」

言ってラナザックが見やった先に、ぼんやりと浮かび上がる人影は言わずと知れたマーティンのもの。マーティンは少年らしい見た目からは想像も出来ないような低くおぞましい声で答えた。

「獲物を変える気はない」

瞬間、激しい落雷の音がこだまし、稲光が部屋に差し込む。少年の顔には影が落ち、仲間ながらもユリウスら3人は少年の恐ろしさに息を呑んだ。

雨は一向に止む気配を見せない。また何処か遠いところで低い雷鳴が地を揺らすように鳴り響いた。

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