共食い狂想曲

*7

やった…出口だ!」

思わず子供たちは顔を綻ばせる。勿論外へ出れば土砂降りなのだろうが、大雨と心霊現象、どちらを取るかと言えば断然大雨である。彼らは可能な限り速く足を回転させて出口へと急いだ。
あと出口の扉まで数歩、というところで、唐突にネスが悲鳴を上げた。同時に皆の視界から彼の姿が消え去る。一拍遅れて転んだのだと気付いた子供たちだが、そのネスの足元を見た瞬間に度肝を抜かれた。
ネスの細い足首を床から生えた無数の青白い手が捕まえていたのだ。他の手首も、子供たちを地の底へ引きずり込もうとゆらゆらと妖しくうごめいている。その光景には英雄たる彼らもぞっとしないではいられなかった。
しかし彼らはいつまでも恐怖に震えている訳にはいかなかった。眼前の無数に伸びる腕だけでなく、だいぶ距離を離していたはずの青白い発光体が、その形を見て取れる距離にまで近付いてきていた。ひとまずカービィがファイルカッターで近くの腕を一掃すると、間髪入れずにポポが倒れたネスを抱え上げて出口に向かって走り出す。それでもまだ追い縋ろうとする腕をナナとピカチュウが阻止した。

「ごめん!足“引っ張られ”て」


「こんなときにそんな冗談言える元気があるなら上等!」

自分の足で走り出しながらネスは叫ぶ。ポポは同様に叫び返して答え、二人はそこから数歩跳ぶように走って広間の大扉に同時に手をかけた。

しかし――というよりも、やはり――扉はガチャガチャというだけで開かない。それも想像の範疇というように、迷わずネスはPKファイアーを炸裂させた。豪火が扉もろとも壁を焼き尽くすかと思われたが、こちらの扉はナナが破壊した扉とは訳が違うようだ。依然として彼らの前に黙然と立ちはだかっている。

「ポポ、ナナ、せーのでハンマーね!」

既に自分の体より大きな木槌を振り被ったカービィは、隣に並ぶポポとナナに叫ぶ。二人は同時に頷き、先に駆け出したカービィの後を追った。

「せーのッ」

凄まじい衝撃が屋敷を揺らす。ところがふるびた屋敷のどこにそんな耐久性があるのか、扉も屋敷もびくともしない。見た目は何の変哲もない木製の扉が、幼いと言えども英雄たちの攻撃に傷一つ付かないのだ。それはピカチュウの電撃をもってしても、全員の一斉攻撃をもってしても変わらなかった。

「もぉぉ、どういうことよ!」


半ばやけくそになってナナが叫ぶ。それには意外にも返答があった。

「その扉は、外からじゃないと開かないよ」

聞き覚えのある声に、子供たちは一斉に振り返る。そんな彼らの目に映ったのは、先程まで自分たちを追って来ていた人型の発光体と、その隣に佇む出来たばかりの友人の姿だった。

「マーティン!早く逃げなきゃ、この屋敷は幽霊がたくさん出るんだよ!?マーティンの隣にも、ホラ!」

かの友人の名前を叫びながら、ネスは人型の発光体を指差した。もし彼に霊感がないのだったら信じてもらえないかもしれないとの危惧を孕んでいたので、そのテンションは当サイト比30%増だ。しかしマーティンはネスの指差した方向を見つめ、小さく笑った。

「あはは、ネスったら。この人は家のお手伝いさんだよ?」

「………は?」

驚愕の事実を聞かされ、子供たちは唖然とする。そんなネスたちの様子を楽しむように、マーティンは眼を細めた。

「そこにいる人たちも、皆家のお手伝いさん」

そう言ってマーティンは床から生えた無数の腕を示した。ネスたち一行は口も利けずにただぱくぱくと声にならない言葉を絞り出そうと必死だ。
今までずっとお気楽な言動を取ってきたカービィですら言葉を失っていたということに、ネスたちは気付く余裕もなかった。

「ネスたちに帰って欲しくないんだ。僕も、お手伝いさんたちも、皆ね」

くすり、と笑ってマーティンは隣に立つ発光体を見上げる。その発光体は微かに顔らしき場所を傾けているように見えた。それから再び目線をネスたちに戻し、マーティンは口の端を吊り上げる。

「僕たち、子供の肉を食べるのは久しぶりだから」

ただでさえ衝撃的な出来事の連続なのに、子供たちは更に強く頭を金槌で殴られたような錯覚を覚える。今彼の口から飛び出た、理解不能な単語がその原因であった。

「…食べ…る…?」

切々にナナが問う。暗がりに立つ少年は、はんなりと頷いた。

「人間の肉を食べるとね、僕たち“幽霊”は強大な力を手に入れられるのさ…なかでも子供の肉は柔らかくて美味しいんだよ」

『…僕“たち”?』

ピカチュウが愕然とした様子で繰り返した。それにもマーティンはただ笑顔のままに頷く。

「僕、二十年前に死んでるから」

事も無げにさらりと告げられた少年の言葉に、ネスたちはただ恐れ慄き、後退ることしか出来なかった。
つい先程まで沸き上がっていた闘志は影を潜め、じりじりと距離を縮めてくる発光体にも抵抗らしい抵抗を示すことが出来なくなっていたのである。彼らの心は恐怖に満たされ、逃げ場もなく、敵に立ち向かう勇気もなく、訪れるであろう最悪の結果を思ってまた恐怖した。

彼らはお互いに寄り添い、恐怖に目を閉じてしゃがみ込む。
そんな彼らを、マーティンは一層笑みを深めて見下ろしていた。

「――そこにいるのかい?」

全てを諦めたその時、背にした扉の向こうから、およそこの場にそぐわない朗々とした声がした。あまりにも聞き慣れ過ぎた声で、あまりにもタイミングが良すぎて、思わず子供たちは耳を疑う。
眼前に迫る幽霊との距離はもういくらもない。もしかしたら、これもこの屋敷がおりなす幻聴なのかもしれない。
しかしそんな一切を忘れて、ほぼ反射的にネスは叫んだ。

「早く助けろ、王子――ッ!」

刹那、ネスたちの頭の上を、神速で振り抜かれた剣に切断された木片が乱れ飛んだ。大量の雨がそのぽっかりとあいた空間から入り込み、強い風が埃を巻き散らす。

そんな中、すっかりびしょ濡れとなった蒼髪の青年が、人の悪そうな笑みを浮かべて出口に蹲るネスたちを見下ろしていた。髪からも甲冑からも滴を垂らしながら、しかし凛と立つその人影は、軽く首を傾げてみせる。

「“助けて下さい、マルス様”…だろう?」

深海の色を湛える蒼の双眸を細めて、王子マルスは剣を構えた。

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