共食い狂想曲

*5

存外あっさりと幽霊を撃退した子供たちは、しばし呆然とその場に立ち尽くした。もう物音は聞こえない。雨が窓を叩く音のみが耳に届く。
と、ピカチュウの耳がぴくりと立った。その動きに敏感に反応したのはカービィで、「どうしたの?」とピカチュウを覗き込む。ピカチュウは廊下の先をじっと見つめながら呟いた。

『人の足音が…』

ピカチュウの告げる内容に再びぎくりとする子供たちだが、ピカチュウは今度はカービィたちの方に向き直って言った。

『多分、マーティンだよ』

ピカチュウの言う通り、廊下の角を曲がってマーティンが姿を現した。ネス、ポポ、ナナは勿論のこと、マーティンの方も彼らを見付けて安堵したようにパタパタとこちらに駆け寄ってきた。

「ごめんね、あそこの扉はたてつけが悪いって言うの忘れてて…」

言いかけてマーティンは口をつぐむ。ネスたちの蒼白な顔を見て不審に思ったのだろう。マーティンは続けて尋ねた。

「…何かあったの?」

言われてネスたちは顔を見合わせた。確かに“何か”あった。しかしそれをこの少年に告げても良いのだろうか、彼らには判断がつきかねた。

「な…何でもないよ」

結局はにっこりと笑い、無駄な心配の種を与えないようマーティンに答えることにしたネス。他の面々も同様に頷いた。その様子に僅かながら引っ掛かりを覚えたようであったが、マーティンも「なら良かった」とだけ答えて頷いた。それから自分が元来た道を示し、付いてくるように促す。

「埃っぽい家でうんざりしただろう?せめてお茶ぐらいは飲んでいきなよ」

『そんなにしてもらったら悪いよ』

ピカチュウが遠慮の意を示す――その実、早くこの屋敷から立ち去りたい思いからなのだが、マーティンにその意図が伝わるはずもなく、彼らは断り切れずにお茶をご馳走になることになった。



廊下をマーティンに付いて歩く途中、ポポがネスのリュックを引っ張ってこちらを向かせると、耳元で囁く。

「…どうすんのさ、早く帰るんじゃないの?」

「僕だってそうしたいよ」

同じくひそひそ声でネスも返す。マーティンはナナやカービィ、ピカチュウと話しているのでこちらの会話には気が付いていないようだ。続けてポポは言った。

「というか、そもそもマーティンは幽霊のこと知らないのかな」

呟きにも近いそれに、ネスは深く頷く。ポポ同様、その疑問はネスの脳内にも横たわっていたのだ。

「あれだけ一度にたくさんの超常現象が起きるんだ。今日が初めて、ってこともないはずだよ」

何とかネスの同意を得ようと、ポポは若干語気を強める。そんな彼に指を口に当てて「静かに」と答えてから、ネスは言った。

「…カマ、かけてみる?」

真顔でこんなことが言える辺り、ネスは尊敬に値するとポポは思った。ネスの方はやけに喜々とマーティンへと近付いて行く。ポポはそんな彼の背中に何処かの蒼い王子の姿を重ねた。

「ねぇ、マーティン」

ネスはごく自然にマーティンに話しかける。ピカチュウは敏感にネスが何か企んでいることを感じ取ったようで、そわそわと尻尾を揺らした。

「この屋敷、君以外の人は誰が住んでるんだい?」

「パパとママと、エミリー、それとお手伝いさんのエイトとユリウスがいるよ」

存外大勢の名が上がり、子供たちは小さく驚く。ネスは続けて尋ねた。

「皆出掛けてるのかい?」

「うん。今は僕だけなんだ」

「…怖くないの?こんな広い屋敷に一人で」

ネスはこの台詞をやけに強調した。厳かに告げたその言葉は、暗に幽霊の存在を示唆したものだ。マーティンも一瞬不審そうな表情を浮かべたが、「ないない」と言って笑った。

「一人だってちっとも怖くないや。お化けが出る訳でもないし」

「…ですよねー」

変に緊張していたネスは、間の抜けた返答を返すと再びポポの元へ戻った。ポポは、先よりも急き込んでひそひそ声でネスに話しかけた。

「…“出た”んですけど」

「でも、彼は何か隠しているような素振りは見せてないし…そもそもあんな子供がそんな大それた演技なんか出来ないだろう?」

「そういう演技が出来る子供が僕の目の前にいるんだけど」

ネスをじとりと見つめながらポポは答えた。

「まぁまぁ…とりあえず、もう少し様子を見てみよう」

いい解決策もなく、成り行きに身を任せることに決めたネスは、納得いかない様子のポポに先を促しながら自分たちが歩いてきた廊下を振り返った。薄暗い廊下の先に、何か不審なものがある訳ではない。しかしそれは不気味な雰囲気を湛えて、迫ってくるような錯覚をネスに与えるのだった。



「まぁ適当に座っといてよ」

こうして案内されたリビングは、存外明るく温かな生活感を持って一行を出迎えた。マーティンは腰を下ろすようにネスたちに促し、自分は何かしらを用意する為に一人キッチンへと歩いていった。

「綺麗なお部屋だねぇ」

間伸びした口調でカービィが呟く。ネスもそれに心の片隅では同意していたが、先程遭った怪奇現象が僅かに芽生えたこの屋敷に対する好印象を掻き消すのだった。

「…これからどうしようか」

若干声のトーンを低くして、ネスはソファの近くに他の皆を集めた。他の子供たちも一旦温かな部屋に来たとは言えど、一刻も早くこの屋敷から離れたいと思っていることはその表情から明確だった。

『正直に話して帰った方がいいんじゃないの?』

と、ピカチュウ。

「でもマーティン君は信じてくれるかしら…」

「マーティン君も一緒に逃げた方がいいよ」

「お茶飲んでから帰ろう」

三者三様の意見を述べるナナ、ポポ、カービィ。一向に意見がまとまらないまま、マーティンがキッチンから紅茶とクッキーをおぼんに乗せて戻ってくる。
渋々彼らは話し合いを中断し、ソファに腰掛けてマーティンから手渡されるティーカップを覗き込むのだった。

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