共食い狂想曲
*4
「う…うわああああ!!」
思わず悲鳴を上げて元来た道を逆走するネスたち。勿論その時の彼らには背後を振り返る暇はなかった。
しかし元来た道を辿ったはずだったが、気が付いた時には全く見覚えのない廊下で皆あえいでいた。
「な、何あれ!?足首だけってどういう状況!?」
「全然血の気がなくって…本当に死んだヒトの体みたいな…」
『もしかしてアレが足音の原因だったのかな?』
「怖ッ!ポルターガイストが可愛く思えてきたよ」
「さすがにボクもアレは嫌だったなー」
全員が全員、ひとしきり言いたいことを言い、とりあえず落ち着きを取り戻した子供たち。もう足音は途絶えていたので先程までのような緊張感はなかったが、それでも長居は御免との意見で満場一致し、早々にこの屋敷を引き払うことに決まった。せっかく招待してくれたマーティンには申し訳ないが、彼らにとってはリアルミステリーハウスよりも、溝鼠のように濡れて屋敷に帰る方が幾分マシだったのである。
「お歌でも歌う?」
出口を探す途中、今度はあまりに静かな屋敷に耐えかねたカービィが提案する。それにはカービィの音痴を知る子供たち全員が反対を示したが、カービィががんとして聞かず、大きな声では歌わないとの但し付きで歌うことが許可された。
「ボクね、今みたいな時にぴったりのお歌知ってるの」
先頭を歩きながら、楽しげに言うピンク球に少なからず場は和む。どうにか友人たちを元気付けようという星の戦士の健気な姿に皆心打たれた。
そうしてカービィは足でリズムを取りながら、ごく小さな声で口ずさむ。
「…――来る〜…きっと来る〜…」
「やめんかァァァァ!!」
一斉にネスたちのツッコミがハモった。真っ先にネスがカービィを掴んで歌を止めさせる。なんとかその束縛から放たれたカービィは不思議そうにネスを見上げた。
「どうしてダメなの?マルスが教えてくれたお歌なのに」
「ダメなものはダメなの!てかあのアホ王子!!こんな所まで嫌がらせの種をばらまいていたなんて…」
ネスは頭を押さえながら呟く。同様にカービィ以外の子供たち全員が蒼い頭の王子を恨んだ。
と、その時ネスの表情が変わる。おもむろに廊下の横の窓を見上げ、ぽつりと呟いた。
「…そういえば、ここって一階だったよね」
「玄関から出ようなんて贅沢は言わないでね、一刻も早くここを出たいんだから」
手近な窓の鍵に手をかけながらネスは窓の下で待つ友人たちを振り返った。それにも激しく頷く子供たちは、相当この屋敷に居たくないらしい。外は相変わらず凄まじい豪雨に見舞われている。古びた鍵は錆と埃にまみれ、触ることさえ憚られたが、ネスは早く帰りたい一心で鍵を開ける。
だがやはり錆が原因でか、一向に鍵が開く気配はない。ネスはPKサンダーを発動させたい衝動をなんとか抑えて鍵と奮闘していた。
バン!
突然響いた轟音に思わずネスは手を止める。下を見やればポポとナナも音源を探してきょろきょろしていた。ふとピカチュウに視線をやると、ピカチュウはネスがよじ登った窓の二つ隣のそれをじっと見つめていた。
「何なんだい?」
ピカチュウが何かを掴んでいると踏んでネスは尋ねる。ピカチュウはその窓から視線をそらさずに答えた。
『分からない。でも、その窓から離れた方がいい』
「…?」
訳も分からず、しかしピカチュウの言葉に従いネスは窓から飛び下りた。と、同時に今度は廊下側に付いた全ての窓が一斉にバンバン、と凄まじい勢いで叩かれた。そのあまりの凄まじさに再び子供たちは一つ所に固まって壁に張り付いてしまった。
雨が激しく窓を打ち、時々雷がカッと光る。数秒遅れてゴロゴロと雷鳴が響く。
しかしそれすらも気にならない程の調子で窓は叩かれる。
「これだけ数が多いと凄い迫力だねぇ」
カービィは相変わらずのほほんと呟く。本当に迫力だと思っているのかも疑わしい。
しかしこれだけ異常事態が立て続くと、誰にも慣れが生じるものだ。いまだ皆の表情から恐怖の色は去らないが、誰一人として取り乱すことはなかった。
「ねぇ、知ってる?」
壁に張り付き、息を詰めながらではあるがナナが囁く。
「幽霊に会った時は、とりあえず何でもいいから知ってるお経を唱えると効果があるんだって」
「あ、それ僕もテレビで見た」
若干身を乗り出して答えたのはポポ。口にはしないが、尻尾を揺らすピカチュウもその情報には覚えがあるようだった。
「やってみる価値はあると思わない?」
ナナのその声は、既に恐怖にすくむ子供の声ではなかった。幼いながらも確かな意志と力を宿す瞳は、一寸の迷いも挟んでいない。
「…そうこなくっちゃね、僕らのナナは」
そう答えてからにっこり笑って、ナナとハイタッチしてみせるポポ。ピカチュウとカービィは床に飛び下り、ネスも不敵な笑みを浮かべて一歩進み出た。
そして一つ、すぅと大きく息を吸う。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!!」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列…」
「あーめん、はれるや〜」
『南莫三満多没駄南阿哦那曳娑縛訶』
「ёфъэйж…」
ネス、ポポ、カービィ、ピカチュウ、ナナの順にそれぞれが思い思いの呪文(?)を叫ぶ。もうお経なんだかどうかも怪しいが、それでも効果はあったらしい。
いつの間にか窓を叩く凄まじい騒音は、雨が降り注ぐ心地良い音に変わっていた。
「…っていうか、ピカチュウって何者?」
『ナナもね』
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