共食い狂想曲

*3

しかしネスが扉を引いた先に、誰しもが想像していたような光景は広がっていなかった。扉の先に部屋はない。平らな壁が行く手を阻んでいるのみだ。

「…何コレ」

ポポが恐る恐るその壁に手を添えながら問う。勿論その問いに対する答えはなかった。
そのポポの足元でピカチュウが軽くとんとんと壁を叩き、耳をそばだてる。黄色い長い耳をじっと傾けていたが、やがて首を振りつつネスたちを見上げた。

『一応壁の向こうにも狭い部屋があるみたいだけど…誰かがいる気配はしないよ』

「不思議だねぇ」

カービィの緩い相槌にナナが小さく頷いた。
が、その時。

とんとん

扉の壁の向こうから、誰かが壁を叩く弱い音がした。刹那、壁の近くにいた子供たちは数歩後ろに飛び退った。
ピカチュウを抱き上げたポポは浅い息をしながら切々に呟く。

「ピ…ピカチュウ…壁の向こうには誰もいないって言ったじゃん…!?」

『ボク、嘘はついてないよ…今だってあそこからは何の気配も…』

とんとん

再び壁を叩く音。心なしか先ほどより強い。子供たちは口を閉じて凍りついたようにその壁を見つめていた。

とんとん

とんとん

――――

「…あれ?止まった…」

突如止んだ音に僅かながら勇気を取り戻し、ネスは息を吐き出した。カービィを抱き枕のように抱き締めていたナナもその力を抜く。なんとなくカービィがぐったりしているような気もしないではないが、多分気のせいだろう。
しかし次の瞬間、まだ気を抜くには早かったと子供たちは後悔するのだった。

皆の集中が切れたまさにその時、部屋全体が揺れるかと思う程の激しさで、何者かが向こう側から壁を叩くのである。ナナは悲鳴を上げ、子供たちはついに反対側の壁際まで後退った。

「おかしいよ、これ!絶対ヤバい!!」

『どうしよう、ネス?ボクたち、一体どうしたら…』

「もういや!早く帰りたい!!」

「落ち着いて!!」

半狂乱となる友人たちを一喝して黙らせるネス。依然として壁は凄まじい勢いで叩かれているが、それを上回るネスの怒声にポポやナナ、ピカチュウもいくらか平常心を取り戻したようだった。その間カービィはのほほんと彼らのやり取りを見上げていた。

「確かにこれは何かがおかしい!でも落ち着いて。例え何かが居るにしても、それは壁の向こうだ!きっと大丈夫。まだ出口は他にあるんだし、パニクってちゃ見えるものも見えなくなるよ!!」

「…うん、ごめん…ネス」

ネスが半分怒鳴るように言った言葉は、しっかりと功を奏したようである。ポポとナナは血の気のない顔ながらも力強く頷きを返し、ピカチュウの垂れていた耳はぴんと立ち上がった。

「そうと決まれば、出発しんこー!」

いまいち状況を理解していないのか、それとも皆の不安を取り除く為にわざと明るく振る舞っているのかは不明だが、カービィがにこにこと笑いながら激しく叩かれる壁の横をすいと通り過ぎ、別な扉に手をかける。そちらの扉はきちんと別な部屋に繋がっており、とりあえずネスたちを安堵させた。

「さ、早く行こ」

短い腕で扉の向こうを指すピンク球。恐れを知らない星の戦士の真髄を初めて見た気がした子供たちは、同時に普段見ない友人の頼れる一面に深く感謝するのだった。

一方ネスたちが部屋を去った後も、長い間壁を叩く音は止むことがなかった。



「マーティン君ー…何処にいるのー…?」

「聞こえたら返事してー」

薄暗い屋敷の中をそろそろと固まって進むのは言わずと知れた子供たち。ぽよぽよと独特の歩行音を響かせながら進むカービィを先頭として、子供たちは元いた広間に戻ろうと必死に屋敷の住人である少年・マーティンを探していた。

しかし皆一様に(カービィ以外)その顔は暗い。理由は誰にも明白だった。

『…やっぱり…僕たち以外の足音するよね』

ピカチュウが至極嫌そうに言う。彼自身そのことを認めるのが苦痛なようだった。しかしその場の誰の耳にも確かに廊下を駆け回る足音が聞こえていた。

「マ…マーティンの足音かもよ?」

ネスが努めて明るく返すも、ピカチュウは暗い表情のまま視線を落とした。

『違うよ…だってこの屋敷、マーティン君以外は生きてるヒトの気配がしないもん』

「……え?!」

突如告げられた驚愕の事実に足を止める子供たち。「どういうこと!?」と言ってネスとポポとナナはピカチュウを囲んだ。
ピカチュウは返答に困ったように耳を垂れた。

『ボクにも分からないよ…』

しゅんとうなだれるピカチュウに他の子供たちも返す言葉を失う。
静まり返った廊下にパタパタと誰かの足音と微かな笑い声が聞こえた気がした。

「ねぇねぇ、アレ見てみんな!」

やはり今回もそんな重苦しい沈黙を破ったのはカービィだった。小さくも頼りがいのある星の戦士に元気付けられ、ネスたちはカービィの指(?)差す方向に目を向ける。
しかしその先に広がる光景は、少しばかり彼らの常識を逸していた。

「…あのー、何故か食器が空中浮遊してるんですが」

カービィが指差した先、廊下一面に大量の食器類が頼り無さげに浮遊していた。あまりに多いその数に、時々食器同士が擦れ合ってかちゃかちゃと不快な音を響かせる。
説明を求めてネスはカービィに言ったが、勿論カービィからは「かっこいいねぇ」と気の抜けた返事しか返ってこない。恐らく本気でそう思ってる辺りがこの星の戦士の神経の太さを示している――と、無駄にネスはカービィを尊敬した。

「…じゃなくて!これってポルターガイストだよね、心霊現象だよね!?」

「落ち着いて、ネス!心霊現象だと思っちゃ駄目だ、きっとアレもこの屋敷独自の食器収納法…」

ついに我慢の限界を迎えたらしいネスをなだめて、ポポが訳の分からないことを言い出す。カービィは物珍しそうに食器を見つめるが、ナナはピカチュウを抱きかかえて硬直していた。しかし唯一平静を保とうと努力していたポポも、空中浮遊する食器の向こうに見えたものに顔色を失ったのだった。

「ちょ…と…」

切々に呟き、廊下の先を指差す。ふと耳をすませば、先から響いていたはずの足音が消えていた。

「嘘…でしょ…だってアレ…そんな…」

ようやくポポの異変に気付いてピカチュウ、カービィ、ネスとナナも廊下の先を見やる。刹那、ネスは背中を嫌な汗が伝うのを感じた。隣でカービィまでもが言葉を失っていることに気付く余裕すら無かった。

辺り一面に浮かぶ食器の向こう、薄暗い廊下の真ん中にぼんやりと見える白い影。よく目を凝らせば、それは人間の青白い足首だけが転がっているのだと確認出来た。

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