共食い狂想曲
*1
空は雲一つない晴天。心地良い風が額に浮かぶ汗を撫で、清涼感が体中を吹き抜ける。少年は一度立ち止まって、瞳にかかる汗のしずくを払った。
「ネスー、早くおいでよ。置いてっちゃうよ」
けたけたと笑いながら手を振る友人たちに、小さく手を振り返す黒髪の少年――ネスは、野球帽を被り直すと友人たちに追い付くべく駆け出した。
追い付いた先で待っていたのは、楽しげに弾むピンク球と愛くるしい黄色の電気鼠。一方遥か先で既に木陰に入って休憩しているのはポポとナナの二人である。ネスたち3人は遅れてポポ、ナナのいる木陰に入った。
「待たせちゃってごめんね。この前のおつかいの記憶がフラッシュバックしてさ」
苦笑混じりのネスの言葉に、文句を言うような冷たい子供はここにいない。カービィに関しては「ふらっしゅばっく?」と眼を白黒させていたが、ピカチュウは気の毒そうに溜め息を吐いた。
『そういえば…ネスはいつもおつかいに行くと、何かしらの事件に巻き込まれてるよね』
少年ネスは、過去2回、たまたま引き受けたおつかいにおいて、その2回ともを強盗と鉢合わせるという強運の持ち主であった。打率にすれば十割十分十厘。メジャーリーガーもびっくりだ。
『さ…三度目の正直って言うでしょ』
「二度あることは三度ある…ってね」
励ますようなピカチュウの言葉も、ネスには気休めにすらならないのだった。
しかし彼らは行きたくないと言って、そうすることが出来る立場にある身ではない。彼らのおつかいには、屋敷に集う英雄全員の明日の夕食以降の有無がかかっているのだ。仕方なしに、子供たちは重い腰を上げて丘の下に広がる街へ向けて足をのばすのだった。
所変わってここは英雄住まう白亜の屋敷。今日も大量の洗濯を終えた勇者は、ぐっと伸びをして燦々と輝く太陽を見上げ、呟いた。
「ネスたちは今頃街に着いてるぐらいですかねぇ」
何を隠そうこの勇者、いたいけな子供たちにおつかいを頼んだ張本人である。――まぁ、彼も精神的には子供であるから致し方ないことかもしれない。しかしリンクは唐突に「あっ」と声を上げると、誰かを探しに屋敷の廊下を走り出した。
「まさかとは思いますが…」
雲一つなかったはずの空は、いつの間にか厚い灰色の固まりに占拠され始めている。生暖かい風が、地面すれすれを吹いて行った。
「どういうことなのさぁ!?」
ばしゃばしゃと地面の泥を蹴り上げ跳ね上げ、ネスは怒声を上げる。足元ではピカチュウとカービィが、その横をポポとナナが頭を手で隠しながら走るが、空はそんな子供たちに情け容赦なく雨を降らせていく。先までの晴天が嘘のようだ。天気予報だってそんなこと言ってなかったのに、と誰かが切々に毒付いた。勿論この中の誰もが傘などという素敵アイテムを持ち合わせてはいなかった。
雨宿りをしようにも近くには一切の民家もない。屋敷に帰るにはあまりに遠く、しかし街に戻るにも距離がありすぎる。
しばらく走った後、ネスは小さく舌打ちした。
「弱ったなぁ、何処か雨宿り出来る場所があればいいんだけど…」
「あっちにあるよ」
独り言に返答があり、ネスはきょとんと声の主を見つめた。それに応えるのは小さなピンク球。カービィはごく短い腕を伸ばして遥か彼方にぽつんと立つほの暗い屋敷を差した。彼らが住まう白亜の屋敷とは程遠い古びた屋敷ではあるが、この際細かいことは気にしていられない。
「あそこで雨宿りさせてもらおう」
ポポの提案に、今さら異議を唱える者はなかった。
雨宿り、という目的の為に古びた屋敷を目指してきた子供たちであったが、そこに近付くにつれて感じる言いようのない不安感を、誰しもが胸の内に抱いていた。言うなれば第六感とでもいうものが、何者かに対して警鐘を鳴らしているようであった。それでも彼らは雨に打たれ続けるよりも、第六感に反して屋敷に入ることを選んだ――それほどに激しい豪雨が彼らの体を打っていたのである。
ひしゃげた鉄柵の門を通り過ぎ、壁のいたるところに蔦やらしみやらを認めて僅かながらに屋敷に入ることを躊躇うが、結局は子供たちは大きな扉を押し開いてその中へと足を踏み入れていたのだった。
「お邪魔しまーす…」
来訪を告げるはずの声は、弱々しく、小さい。ピカチュウは飛び上がってポポの肩に乗った。カービィもネスの頭の上に収まる。
「どうしたの?ピカチュウ」
『床…埃がすごいんだ』
なるほどピカチュウの言う通り、床は何年も人が通っていないかのように高く埃が積もっている。薄暗い中目を凝らせば、いたるところにクモの巣も確認出来た。
その埃だらけの床に立ち、ぽたぽたとしずくを垂らしながら屋敷の広間で住人の登場を待つ子供たち。しかしいつまで経っても物音一つせず、遠くの方でゴロゴロと低い雷鳴が聞こえるのみだ。
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