世界よ、愛しています

*勇者の話1

吹き荒ぶ風に煽られ、氷点下の雲を突き抜け、リンクはひたすら重力に従って落下していく。先まで見えていたハルバードの船体は既に厚い雲の上。見下ろせば、ひたすら暗い闇が待っている。

このまま落ちれば、地面に叩き付けられておしまいだ。そんなことは分かり切っている。分かっているが、何故か確信めいた安心感がリンクにはあった。それはハイリア湖からゲルド砂漠への「空中散歩」で培われたものか、或いは天空都市からのダイナミック帰還から得た慣れによるものか――恐らく、そのどちらも当たりで、またどちらも外れだ。記憶には全くないが、しかし魂が覚えている。ハイリア人の祖先が未だ天空に居を構えていた頃、リンクは今のように風を切り、下界を見下ろしていたのだろう。

「…さて、現実逃避はこれくらいにして」

リンクは頭を振る。暗がりでもなお判別できる程度に、地面が近付いてきた。

***


結論から言えば、リンクは大地に降り立つことが出来た。が、当然無事にとはいかず、木々の密集する森林地帯に、減速無しの垂直落下をかまし、人形化の憂き目を見たのである。そこへ偶然にも通りかかったヨッシーに助けられ、リンクはなんとか復活を果たしたのだった。
しかし、事情を説明されたヨッシーは、ハイそうですかと素直に頷きはしなかった。

「なんてムチャをするんですか、アナタは!」

珍しく、憤慨した様子で陽気な恐竜は怒鳴った。

「空飛ぶ船から飛び降りた、ですって?いくら死なないからって、モノには限度があるでしょうに!」
「わ…悪いって、反省してる」
「当たり前ですー!反省してなかったら、タマゴ爆弾をお見舞いしてるところですよッ」

ヨッシーに胸ぐらを掴まれ、がくがくと揺さぶられるリンク。これでも恐竜、力は人一倍だ。
が、それでとりあえず落ち着いたらしいヨッシーは、ふぅと溜め息を吐いて小休止。幾分普段の穏やかな調子を取り戻して言った。

「…つまり、さっきのリンクさんの話を要約すると、マスターハンドとそれに従う方々が、マルスさんを反逆者として捕らえようとしている、と?それで、マルスさんを庇おうとしたピカチュウさんやアナタたちは、同じく反逆者として咎められることになった」
「まぁ、そんなところだ。…無理に信じろとは言わないが」
「信じますよ」

ほとんど間髪入れずにヨッシーが答える。それには寧ろリンクの方が面食らったように目を白黒させたが、ヨッシーはふにゃりと笑ってみせた。

「リンクさんが嘘を吐くのが得意でないことは知っていますし」
「…悪かったな」
「褒めてるんですよ。それに、アナタがマルスさんを信じたんです。他の誰が疑えるっていうんですか」

リンクは僅かに表情を険しくした。初対面時のマルスのリンクに対する態度は、理解の範疇を超えていた。あの一瞬、リンクは確かに死を覚悟したし、マルスもまた本気でこちらを殺す気だったに違いない。
しかし、だからといってそのことをいつまでも根に持つ気はないし、まして仕返ししてやろうだなんて幼稚な考えは持っていない。大体、あそこまで神経をすり減らして、“何か”と戦っている彼を、リンクは恨む気になれなかった。――1人で立つのがやっとの彼を、これ以上放っておけなかったというのが本音かもしれない。

「…それなりに話して、命を託せる奴だと思った。今までのことはとりあえず置いといて」
「私はマルスさんをよく知りませんが、アナタがそう言うなら私に異論はありません。…ありませんが、一つ聞いても?」

ヨッシーの眠そうな目がリンクを見上げる。聞けば、ついさっきまでこの森の中で帰り道も分からず途方に暮れて、不貞寝をしていたそう。仕方ない、辺りはようやく東の空が白んできた頃だ。

「ああ。なんだ」
「アナタは先程、“助けを借りて”亜空まで赴き、マルスさんたちを助けに行ったと仰いましたね。…助けてくださったのはどなたです?亜空への橋渡しが出来る方が、味方に?」
「…うーん…」

対するリンクの返答は煮え切らない。渋っているというより、返答に詰まっているようだった。

「アイツは、自分は神サマだと名乗ってた」
「か…神サマ?」
「確かに見た目は、マスターハンドにそっくりで、でかい白手袋だった。マスターとも知り合いだと言ってたな」
「…神サマって、みんな手袋の姿をしてるんですか」
「俺が知るか」

ヨッシーの的外れな問いに、投げやりな答えを返すリンク。一方で彼自身も考え込むように続けた。

「俺たちも、初めはバラバラのところに落ちて、途方に暮れてた。そこをアイツに拾われて、“マルスを助けてくれ”と頼まれたんだ。そのあと亜空への通り道を作って、ソイツはどっかに消えちまったが」
「…もしかして、その神サマが、マスターハンドが“反逆者”と呼ぶ“破壊神”なのでは?」
「多分そうだろ。とすると、マスターの話の方に信憑性が出てくるが…」

その真意はさておき、マルスと破壊神は繋がっていたことになる。
破壊神というその名から、あまりいい印象は受けない。自称神サマがマルスの助けを乞うたのも、己の貴重な手駒が、破壊と対を成す創造の神マスターに見抜かれたが故ではないか。

口を噤んで考え込む風なリンクを、ヨッシーが見守る。十分な沈黙ののち、ヨッシーは首を傾げながら問うた。

「では、マスターハンドの話を信じますか」
「いや」

反射といってよい速度でリンクが答える。それには彼自身がもっとも驚いていたようだが、ヨッシーは寧ろその反応を期待していたようで、「だったら」と嬉々とした様子で言った。

「迷うことはありませんよ。私たちは一刻も早くマルスさんたちと合流して、その助けになってあげればいいんです」

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