世界よ、愛しています

*24

今度こそ、ネスはぽかんと口を開けて固まった。デデデによって些か乱暴に揺すられて、はっと我に返る。

「で、でも…――」

抗議の声を上げるネス。無理もない、とガノンドロフが大声で嗤った。

「今しがた仲間を突き落としたばかりの男の言うことなぞ信用できまい。マルス王子よ、貴様のそのしたたかさ、敵にしておくには惜しいものよ」
「奇遇だね、僕も同じさッ」

マルスは吠えるように叫び、ネスには一瞥もくれず、すぐさまガノンドロフに斬りかかった。力では圧倒的に劣るとはいえ、技では互角以上の闘いが出来る。ともすれば、拳一つでこの戦艦に致命的なダメージを与えられるだろう魔王が、いまだ剣技に興じているのは、マルスの足止めに遭っているからに他ならない。
しかし、そうはいっても数の不利は彼らをじわじわと追い詰めていた。戦線は徐々に後退を余儀なくされ、包囲網は縮まるばかりである。

「このままでは全滅だ!ネス、陛下を連れて逃げてくれ!」

悲痛な声でメタナイトも叫ぶ。

「そんな大声で打ち合わせとは、舐めてくれる!」

勿論それを黙って聞いているような相手勢ではない。クッパが巨体を躍らせて飛び上がると、その勢いのままネスにのし掛かろうと落下してくる。これは悲鳴を上げながらデデデがネスを抱え上げて転がり、事なきを得たが、いまだ数え切れないほどいる亜空軍の兵士たちもがその狙いをネスに変えつつある。
いくら子供だとて、この状況で駄々をこねられるほどネスは聞き分けが無い訳でない。

「…好き勝手言いやがって…マルス!!――あとで覚えてろよッ」

短くそう怒鳴り、ネスはマルスの返事も待たずに帽子を目深に被り直すと、デデデの手を掴んで走り出した。無謀にも、亜空軍が群がる甲板のど真ん中を、である。
メタナイトとアイクは少なからずこの奇行に肝を冷やすが、ネスのテレポートに助走が必要なことを知るマルスは、すぐさま彼らに喝を飛ばした。

「彼の進行方向にいる敵を薙ぎ払ってくれ!」

本当なら、自身がそのように働きかけたいマルスだが、彼はガノンドロフの相手を一手に引き受け、それ以外のことに手を回す余裕がない。
幸いにして、メタナイトもアイクも非常に優れた剣の使い手である。彼らはマルスの指示に的確に応え、メタナイトの高速の剣と、アイクのラグネルが生み出す衝撃波が、雑魚敵を一掃する。
その隙にネスはスピードを更に上げて甲板を突っ切っていく。しまいには明らかにヒトが出せる速度を上回り――

「行かせんぞォ!…って、ぬん?」

――両手を広げて待ち構えるクッパを文字通り「すり抜けた」。後には呆然とするクッパと、次なる指示を待つ為に沈黙した亜空軍の兵士が取り残される。

テレポートが成功したのだ。

ネスらが上手く逃げおおせたことを知ったマルスは、我知らず安堵の溜め息を漏らした。刹那、その隙を突かれてガノンドロフの横薙に強襲され、何とか剣で防いだものの、吹っ飛ばされて鉄柵に叩き付けられる。その衝撃音に亜空の兵士たちの注目が残されたマルス、アイク、メタナイトに集まり、三人は一カ所に追い詰められるように固まった。

「無事か?」
「っ…なんとかね」

駆け寄ってきたアイクがマルスに手を伸ばす。躊躇いなくその手を取って立ち上がり、マルスは亜空軍とその先頭に立つガノンドロフを見詰めた。
数的不利なら問題にしないが、一人で国を沈めるような魔王を相手にするとなると話は別だ。そもそもマルスらの目的は彼らを倒すことになく、説得することで、この状況でそれが果たされる可能性は絶望的である。
さっきから姿の見えないMr.G&Wは、操舵室の制圧に向かっているのだろう。操舵室に誰かいるのかもしれないが、それがこの状況を打破する糸口になるとも考えにくい。

要するに、手詰まりだ。
詰んだ。ここから勝ちを手繰り寄せるのは無理。

「子供や戦力外を逃がすので精一杯のようだな」

魔王が轟く声でそう詰ってくる。今にも向かっていきそうなアイクとメタナイトの首根を掴んで下がらせつつ、マルスは渇いた声で笑ってみせた。

「嗚呼、どうやら勝てそうにない」
「ふん…期待外れだ」

見下したように鼻を鳴らし、ガノンドロフが剣を水平に構えて甲板の床を蹴った。何とか迎え撃たんと剣を構えようとするアイクとメタナイトを、マルスは尚も後ろに引く。

「マルス、このままでは――!」

さすがのアイクもマルスの行動原理が理解出来ずに抗議の声を上げるが、マルスはどこか悪戯っぽく笑い、メタナイトを小脇に抱え、アイクの首に腕を回して囁いた。

「死なないよ。僕らは人形(フィギュア)だからね」

そうしてマルスは二人を抱えたまま仰向けに倒れ――鉄柵を乗り越えてハルバードから身を投げた。

「な――」

ガノンドロフでさえも、この瞬間は目を剥いた。驚愕の様相を隠しもしないアイクたちの様子を見るに、これはマルスの独断であるらしい。
ガノンドロフが鉄柵に駆け寄って確認した時には、既に三人の姿は分厚い雲の中に消えたあとだった。そうでなくても時刻は深夜。夜の帳に阻まれて、下界の様子は窺えない。

「皆サン、操舵室ハ制圧シテキマシタヨ…ッテ、オヤ?ドウカシマシタカ」

亜空の兵士を引き連れて、船内から甲板に戻ってきたMr.G&Wが素っ頓狂な声を上げる。マルスの予想通り、彼はどさくさに紛れて船内の制圧にいそしんでいたらしい。ついでに船内の廊下で伸びていたワリオも回収してきたようで、彼の足元にはくすぶった状態のワリオが転がっている。
ガノンドロフが剣を鞘に収めながら忌々しげに答えた。

「逃げられた」
「オヤオヤ、コノ逃ゲ場ノナイ空中要塞カラ?」
「…まさかこんなところから身投げするなんて思わなかったのだ!」

Mr.G&Wの声音を非難と捉えたか、クッパがどことなくバツの悪そうな調子で言う。そして今し方起きたことを説明したが、平面人間は別段驚くでもなく、ナルホドと頷いた。

「まるすサンハ意外ト思イ切リノイイ方デスネェ」
「…確かにな。自棄になったとは言え、こんな高さから飛び降りるなんて」
「自棄?マサカ」

しみじみと呟くクッパに、平面人間はピコピコと笑い声のような音を上げた。

「誰カ一人デモ人形化ヲ免レレバ、他ノ何人ガ人形化シヨウト復活デキルデショウ。めたないとサンガ空ヲ飛ベマスカラ、彼ハ人形化ヲ免レル可能性ガ非常ニ高イ。まるすサンハソレヲ期待シタンデショウネ」
「な…なに」
「ソレハソウト、船内ニハ誰モイマセンデシタヨ。操縦ハおーと二ナッテイマシタ。…ドウシマス、がのんサン」
「…直ぐに彼奴らに追っ手を差し向けろ。この戦艦は好きに使え」

一方ガノンドロフはにこりともせずそう吐き捨ててると、来た時と同じように転移魔法を使って姿を消した。まるで嵐のように去って行ったガノンドロフに、短くない時間クッパとMr.G&Wは立ち尽くす。ようやく我に返ったクッパは、しかし憤慨したように地団太を踏んだ。

「偉そうに命令しおって、いけ好かない奴め!」
「ソウデスカ?頼レル上司ッテカンジデ、私ハ好キデスガネ」

対するMr.G&Wは、そんな亀魔王の様子すら面白がるようにピコピコと笑った。

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