世界よ、愛しています

*22

強く名を呼ばれ、マルスは竦み上がった。その気迫に圧されたのは勿論のこと、アイクの言葉が彼の逃げ道をことごとく塞いだ為でもある。

差し伸べられた手を取ることは、即ち自らの過ちを責め、悔やむ道から『逃げる』ことである。過去を忘れ、仲間の厚意に甘え、楽になる。
そんな状況に逃げ込むことは、マルスにはどうしても出来なかった。許せなかった。苦しみ、傷付いた仲間がいたのに、自分だけがのうのうと暮らす――そんなことが出来るはずもない。
だが、マルス自身本当は知っているのだ。その戒めは、自分で作り出した贖罪で、そこに亡き仲間の遺志など存在しない。マルスを恨み、許さないのは、他ならぬ彼自身だった。

「…僕は」
「俺は知ってる。お前は悪い奴じゃない」

座り込んだマルスに、アイクは手を差し出す。目の前で開かれたそれを、マルスは困り果てて凝視した。

この手を取れば楽になるに違いない。

「…僕は、今まで…」

しかし、その手を取る資格が、果たして自分にあるのか。否、あるはずもない。

「…許されないことを――」
「許すか、許さないかはあんたが決めることじゃないだろ」

譫言のような言い訳は、リンクのぴしゃりとした一言に一蹴される。獣の如き鋭い空色の瞳に射抜かれて、嗚呼とマルスは嘆息した。

許しを乞う相手を間違えて、酷く遠回りをした。馬鹿馬鹿しい茶番だった。

俯いたままに、マルスは恐る恐る手を伸ばし、アイクに触れる直前で止めた。そして、震える声で言った。

「…許されるのなら…僕は…“また”君たちと共に歩みたい…」

アイク、リンク、ネスは顔を見合わせる。
最初に口を開いたのはネスだった。

「僕は最初から怒ってなんかないんだから」
「…とりあえず、足並みは揃えてやるよ」
「い、一応ワシもお前を仲間だと認めてやってもいいぞい!」

次いでリンクが視線を外しながら言い、それまですっかり蚊帳の外だったデデデが、慌てたように声を上げた。最後にアイクがマルスの手を掴み、力強く引き上げた。びっこをひきつつ、無理矢理立たされた形のマルスは、アイクを見上げる。
珍しく、アイクは酷く満足げな様子で、端正な顔が心なしか綻び、口角が緩く持ち上がっていた。

「ずっと待ってた」
「……ありがとう…」

詰まる声を押し出して、マルスはそれだけを言った。

***

「はい、ヒーリング」

ライブの杖もないのに、ネスの手から発せられる力――PSIというらしい――で、マルスの足の怪我はみるみる治っていった。見た目には古傷のような後が残るのみで、抉れた部分には新しい肉が盛り上がっている。

「とりあえず、これで歩く分には支障ないと思うよ」
「ありがとう、ネス君」

わだかまりが薄れた今、マルスが彼らに反発する理由は何もない。しかもマルスは、以前ネスに「二度と治療してやらない」とまで言わせている。それを今回、彼は当然のように治療に臨んでくれ、故に発せられた至極当然の礼の言葉のはずだが、しかしネス、リンク、そしてデデデまでもが奇妙な顔をした。

「…なんか…あんまり素直なのも調子狂うなぁ…」
「お前本当にマルスか?リュカ辺りとハートスワップされてないか」
「ちょっと不気味だぞい」
「不気味って…」
「…ま…まぁ、それは置いといてさ。そろそろメタナイトの話を聞いてあげようよ」

ここでようやくネスが、部屋の隅で打ちひしがれているメタナイトに注目を促した。彼はワリオが天井に穴を開けて登場してからというもの、戦いにも参加せず、悲痛な声を上げてばかりいる。あまり、というより全く彼らしくない。
思い出したようにデデデが駆け寄り、メタナイトの肩を叩いた。

「一体どうしたぞい?」
「…陛下…」

消え入りそうな声で答えたメタナイトは、よろよろと立ち上がると労るように壁の機械に触れた。

「…貴殿らが、散々暴れ回って壊してくれたこの戦艦(ふね)…名前を、ハルバードという」

デデデは何かを察したように黙り込んだ。リンクの表情が固まり、ネスが即座に視線を逸らす。アイクだけはきょとんとし、首を傾げた。

「…そうなのか?何故それを」
「私のだからな」

メタナイトは苛々とマントを翻しながら振り返った。

「このハルバードは、私の戦艦だからだ」

そして仮面の下で、明らかに落ち込み、一頭身の騎士はうなだれる。リンクとネスが頑なに視線を落とす中、アイクだけが心底気まずそうな表情で「すまん…」と呟いた。
しかし、一頭身の仮面の騎士の憂鬱はこれに終わらない。再び轟音が響いたかと思うと、ぐらぐらと戦艦が揺れる。新たな追っ手が現れたのだ。
メタナイトは奇声に近い雄叫びを発し、天井に空いた穴から甲板へと飛び出した。

「おのれ!もう誰にもハルバードは傷付けさせん!勿論カービィにもだッ」
「あ…と、とりあえず追いかけるぞ!」

リンクたちも、瓦礫を踏み台にその後を追う。

甲板に出ると、満天の星に包まれ、戦艦ハルバードは暗い夜の空を悠々と航行していた。とは言え、吹き抜ける風は穏やかとは言えず、高度もある為か身を切るように冷たい。二連主砲を始め、無数の物々しい重火器を搭載した甲板では、亜空軍の下級兵士であるプリムを引き連れたクッパとMr.G&Wがこちらの様子を窺っていた。

「やはりワリオ一人じゃ無理なようだったな」

ガッハッハと豪快に火を吹きながら笑うクッパ。隣でピコピコとMr.G&Wが笑い声のような音をたてた。

「貴殿らもマルス殿を捕らえに来たか」

夜風に当たって幾分冷静になったらしいメタナイトが、宝剣を構えながら言った。それに追い付いた残りの面々も、マルスを庇うように前に立ち、武器を掲げる。マルスは困り果てた様子でその後ろから声を上げた。

「待ってくれ、誤解なんだ。確かにこれまでの僕の行動は君たちを不愉快にしてきただろうけど、でも世界をどうにかしようなんて、そんなこと考えてない!君たちを騙しているのはマスターの方だ」
「…フン、口では何とでも言えるからな!」
「続キハますたーはんどノ前デ言ッテモライマショウ」

暗闇の中、プリムたちの目が不気味に光る。統率の取れた様子は一切見受けられない軍隊だが、その数は勿論脅威だ。
依然として武器を構えるべきか迷っている風なマルスを、アイクは振り向いて怒鳴った。

「切り抜けるぞ!行けるか、マルス!」
「…嗚呼!」

ついさっき仲間と和解したばかりに、別の仲間たちと戦い合うのは気が引けるが、そうも言っていられない。マルスは覚悟を決めて、ファルシオンを鞘から抜き放った。

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