LUNATIC

*42

「信じる、信じないではありません」

俯き加減で喋るリンクの声は、普段より少しだけ低かった。

「それが真実か、否か。私の判断基準はそれだけです」

「そうだろう…嗚呼、君ならそう言うだろうね」

自嘲気味にマスターが笑う。リンクは剣呑に瞳を細めた。

「――ですが、私が今ここに居るのは、貴方とこうして議論をして、余計な体力と時間を浪費する為ではない」

「…ほぅ」

ぴしゃりと言葉を切り上げ、リンクはきっとマスターを見つめた。睨み付けているに近い。マスターは身じろぎ一つせずに勇者を見つめ返した。
リンクは一瞬迷うように視線を虚空にさ迷わせた後、意を決したのか、か細い声ながらも淀みない口調で言った。

「私に、心を閉じる術を教えて頂きたいのです」

「…閉心術ということかね?ふむ…」

それまではただ頂垂れるばかりだったマスターが、はて、と首を傾げて好奇心を露にした表情でリンクを見返した。リンクの発言が予想外のものだったらしい。

「それはネスに心を読まれない為、ということだろうが、以前通りの生活を送りたいなら、忘却という手段が一番的確なように思う。私なら、記憶の操作など造作もないよ。それは望まないのかな」

「…出来ることなら、私も忘れてしまいたいと思いました。ですが…」

金髪の下に隠れた碧眼が、憶することなく創造神を捉えた。

「我々は、いつかこの事実を知る時が来るでしょう。いや…知る必要がある。彼らもそう望むに違いありません。ただ、今はその時期ではない…それだけの話です」

「………」

ついにマスターが黙り込んだ。リンクは己がマスターを言い負かしたのだと悟った――彼にそんな気はなかったのだが。天然腹黒勇者は、無意識に人を攻撃する癖があるらしい。
マスターはよろよろと回転椅子から立ち上がると、そのまま擬人化を解いて巨大な白手袋の姿に戻った。ふわふわと終点を浮遊しながら移動し、リンクの手前まで来るとぴたりと止まってゆらゆらと漂う。
口を持たぬ創造神だが、沈黙を先に破ったのは彼だった。

「…私がふがいないばかりに…君たちに余計な気を遣わせてばかりだ。君は、私を恨むかね?」

人型の時よりも深みのある声が終点に響く。リンクは所在無さげに指を曲げ伸ばししているマスターを見上げ、小さく笑んだ。

「まさか。貴方には感謝してもし尽くせない」

「感謝…?」

再び予想外のことを言われたらしい創造神は、今度は明らかな驚きを露にしてリンクと向き合うように手の平を起こす。えぇ、と頷く勇者は、珍しく実年齢相応の笑顔を浮かべて頷いてみせた。

「最高の友人と、最高の経験が出来ました。私をここへ“呼んで”下さり、本当に…ありがとうございます」



「マルス!」

「やぁ、リンク。遅かったね」

終点から幾らか進んだ廊下の壁にもたれていたマルスは、自分の名を呼びながらこちらに駆けてくるリンクを認めてその体を起こした。リンクは一言「すいません」と苦笑混じりに答え、そのままマルスと並んで歩き始める。そこには先程までの動揺や頼りなさはない。が、マルスはやはりそこに触れず、当たり障りのなさそうなことを尋ねるにとどめた。

「怪我はしていないかい?」

「えぇ、平気です。それよりマルスの方が血だらけですが」

「返り血だ。問題ない」

「そっちのが問題ある気もしますが…あ、そうだ」

思い出したようにリンクが声を上げる。マルスは首を傾げて続きを促した。

「何かな」

「私がいない間、何か変わりはありませんでしたか?」

「あ――あぁ。まぁ…大したことは無かったよ」

今度は先と打って変わって、途端にマルスの歯切れが悪くなった。リンクから目をそらし、ひきつった笑みを浮かべている。
リンクは不思議そうな顔をしたものの、己も王子に隠し事をしているのだったかと思い直し、深く突っ込むことは避けた。

妙な沈黙が流れてしまう。二人はしばらくその場で立ちすくんだ。敵は消滅し、喜びに満ち溢れた屋敷にあって、二人だけはまだ尚バグのもたらす狂気を引きずっているかのようだった。
しばらくして、先に口を開いたのは、珍しくリンクの方だった。

「…らしくないですね」

マルスが顔を上げてリンクを見、それから小さく笑った。

「お互いにね」

「まったく、我々は何をしているのやら。今、無事に存在していることを、もっと喜ぶべきですね」

「まさしくそうだ」

二人は先程までの気まずい空気を振り払うようにくつくつと笑いを捻り出した。無理に捻り出した笑いではあったが、それは次第に底抜けの明るさを取り戻し、不自然さのない歓談へと変化する。
しかし、言葉は無くとも、彼らはお互いに理解していた。相手が己に隠し事をしていることも、それを分かった上で黙って見過ごされていることも、そしてそれは、露見してしまえば現在の平和を脅かしてしまうかもしれない事象だということも。
好んで平和を乱すような行為などしたいはずがない。それは狂気に満ちた世界で存分に味わったことだ。勇者も、王子も、それぞれ別の方法で、ではあるが。

「さて、それじゃあ僕らも宴会に参加して来ようか」

「飲むのは程々にして下さいね」

屋敷に、穏やかな時間が戻ってきた。



fin.

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