LUNATIC

*41


その時、終点はかつてないほど静まり返っていた。マルスたちと音信不通になってから早二時間。マスターにすら打つ手はなく、ただただ先遣隊の安否を気遣いながら待っていることしか出来ないのは、考えるより先に行動する彼らにとって非常にもどかしいことだったのだ。
そろそろ我慢の限界が近付いてきたらしいメンバーが、そわそわと落ち着きなく終点を行ったり来たりする中、唐突にマスターが顔を上げた。ほぼ同時に、マスターの向かい合うディスプレイが、青白い光を放って点灯する。
返って来た、と短く呟いて、マスターはキーボードに覆い被さり、忙しくキーを叩き始めた。

「何?何が来たの?」

ナナがうろたえた様子で尋ねる。マスターがかなり興奮気味に答えた。

「私の主導権だ」

「そ、それってつまり…」

マスター以外の全員が顔を見合わせた。マスターから主導権を奪っていたのはバグである。それが返ってきたということは、すなわち――。

「…マルスたちが勝ったんだ!!」

『やった!!』

「万歳!」

瞬時に歓声に包まれる終点。と、終点に並んだモニターが全て点灯し、真っ青な画面が僅かばかりの光源を供給する。同時にブゥンと音を響かせて、転送装置が起動した。
終点の機能が回復し始めたらしい。

「俺たちも行こう!」

即座にマリオが転送装置に駆け寄る。が、彼がそれに飛び乗る前に、終点の隅の空間が歪んでそこからピンクの球体が飛び出した。それはまさに弾丸の勢いで、走るマリオの側頭に直撃した。

「ぐほぁッ」

「きゃあ。痛い」

マリオはそのままの勢いを保ったまま地面にスライディングし、ピンク球はぽてんと床に落下して間抜けな悲鳴を上げた。それを見た仲間たちはまた歓声を上げる。

「カービィ…カービィじゃないの!」

ピーチが駆け寄り、悶絶するマリオではなくカービィを抱き上げた。カービィは目を回しているものの、ピーチの声に気付くとふるふると首(だと思われる部位)を振って、ピーチを見上げてにこりと笑った。

「わぁ、ただいまピーチ」

「おかえりなさい、カービィ!…他の皆は無事なの?」

一度ぎゅっとカービィを胸の中で抱き締めた後、ピーチは恐る恐る他の仲間の安否を尋ねる。カービィは即座に頷いた。

「元気元気!ボクなんか今ガノちゃんにぶん投げられてここまで来たんだからね。クレイジーはルーナを壊してから来るって言ってたけど、リンクたちはすぐに来るよ」

「リンクとクレイジーも助けたのね?あぁ…噂をすれば!」

ピーチとカービィが喋っている間にも、空間の歪みはさらに広がり、ついにはその中心からぬぅっとガノンドロフが顔を出す。見えない抵抗を抜けるようにゆっくりと、肩に担いだロイと共に魔王は終点にその全身を現した。が、カービィが“元気”と形容した割に、ロイと魔王は満身創痍といった体である。
続いてネスとプリンがぴょんと現れ、ゼルダを支えるリンクが、そして最後にフォックスとマルスが終点に降り立つ。クレイジーは別として、これで全員だ。正直ルーナに向かっていた面々は、へとへとに疲れて早く休みたいところだったが、それでもこうして再び仲間と相まみえることが出来た感動に、疲労が歓喜がすり替えられるまで大した時間はかからなかった。
帰還した仲間たちの元に、どっと他のメンバーたちが押し寄せる。ガノンドロフは煩そうにしていたが、それ以外の面々は皆顔を綻ばせてそれに応えていた。そんな中、「あ」と声を上げてマリオが手を叩く。何事かと皆の視線が彼に集中すると、マリオはにへらと口元を緩ませ、声を張り上げて続けた。

「おかえり!」



それから後、いかなるやり取りがなされたのか誰も鮮明には覚えていなかった。仲間の無事(無事とは、とりあえず命があるかないかである)と帰還をお互いに喜び合い、そんな大騒ぎの中でさすがのロイも目を覚まし、誰かが宴だ!とかなんとか言ったのを皮切りにメンバーは続々と終点から出て食堂へと向かっていった。最後までぐずぐずと残っていたのはリンクと、それを待つマルスだけだ。マルスは、曖昧な笑みを浮かべて終点から出ていく仲間たちを見守るリンクに向き直り、さぁと手を差しのべた。

「何をしているんだい?早く僕たちも行こう」

「あ…えぇ」

対するリンクは歯切れが悪い。マルスの手を取ろうか取るまいか俊巡するように左手を宙にさまよわせた後、一瞬ちらとマスターを盗み見た。マスターは依然としてキーボードを忙しく叩き続けている。リンクは申し訳なさそうに眉尻を下げてマルスを見た。

「…すみません、先に行っていてくれますか?後から追い付きますので」

「マスターに用かい?何なら待つが」

「いえ、すぐに済みますので」

へらりと笑いつつ、リンクは困ったように首を傾げた。心なしか耳も垂れている。
聡い王子は、彼が何か嘘を吐いているということに即座に気付いた。また、不幸にして勇者は嘘を吐くのが下手だったのだ。
が、マルスは敢えて何も指摘せず、「それじゃあゆっくり歩いているよ」とリンクに背を向け歩き出した。リンクが安堵したように肩を落とした気配が分かる。つくづく嘘が下手くそだな、と脳内で辛口の批評を寄越しつつ、王子は後ろ手に終点の扉を閉めた。

たん、とマスターがキーを押す音が終点にこだました。それを最後に一切の音が終点から消え去る。リンクは先程とは打って変わって険しい表情でマスターを見据えた。

「…私に用かな」

「えぇ」

「クレイジーに何か言われたな?」

「…えぇ」

リンクがぎこちなく頷くのを見て、マスターは頭を抱えて頂垂れた。リンクの眉間に一層深く皺が寄る。マスターは弱々しく彼を見上げて問うた。

「何を聞いた?」

「世界の、成り立ちを。…我々の、存在意義を」

抑揚のない声でリンクが答える。マスターは更に頂垂れた。

「彼女の言葉を信じるな…と私が言えば、君は私を信じるかね?」

「………いいえ」

返ってきたのは、確信にも近い否定だった。


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