LUNATIC

*38

「おじさん!フォックスは無事なの?」

「ロイは大丈夫?」

ほとんど同時にネスとカービィが叫ぶ。魔王は振り向きもせずに答えた。

「問題無い」

「じゃあ、バグは?やっつけたの?」

すかさずネスが尋ねた。それには魔王と王子も黙って土埃の立つ辺りを見るしかない。
と、砂塵の中におぼろげな人影が浮かんだ。あッ、と声を上げるカービィに対し、魔王は盛大に舌打ちをする。
次第に靄は晴れ、視界がクリアになっていくが、それを見守る魔王たちの気分はどんよりと暗く沈んだ。

そこには、かろうじて人型を保っている黒焦げのマネキンのような姿をしたバグが、しかし不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちしていた。

「…今のは…中々効きましたよ…」

切々にバグが囁く。対峙する英雄たちは再び武器を構えた。
が、バグはもう一戦を交える気がないのか、重力を無視してふわりと浮かび上がり、彼らを見下ろしたまま喋り続けた。

「かつて…破壊神の他に、私をここまで追い詰めた者がいたでしょうか…?答えは――否!貴方がたの健闘ぶりには敬意を示したい…」

言葉ばかりは丁寧だが、マルスとカービィはこの状況に妙な既視感を覚えてぞっとした。顔の造型も判別しがたいバグは、しかし耳まで裂けそうな程に口角をつり上げた。
唐突に、マルスがネスの手首を掴み、バグに背を向けて走り出した。それにつられて、カービィと魔王がその後を追う。バグはそんな彼らの行動にも一切注意を払わず、ただ滔々と語り続けていた。

「貴方がたを殺すのは止めた…代わりに貴方がたを、我が亜空の世界に招待しましょう!!」

「“あれ”だ!!」

カービィが走りながら叫ぶ。バグはぱかりと口を開いて、そこから金属の軋むような笑い声を漏らした。
リンクやクレイジーを捕えた、あの光線を放つつもりなのだ。

――ミイラ捕りがミイラになる。
瞬時に脳裏をよぎった嫌な予感を全力で振り払い、彼らは力の限りに駆ける。

死に物狂いで逃げていたマルスたちだったが、しかし突如眼前に現れた姿に思わず足を止めた。
彼らの前に立ちはだかったのは、薄い金髪を揺らす、ひょろりとした白い女だった。それは女にしては低いアルトで、こう宣ったのだった。

「ジャマよ。どきナさイ」

クレイジーだった。
目に映る情報が信じられず、その場で立ち尽くすネスとカービィを、それぞれマルスとガノンドロフが左右に引きずり倒した。そのまま地面に倒れ込む彼らに一瞥だけを投じ、彼女は今にもこちらに光線を放たんとするバグと対峙する。

「たカだかバグの分際デ、やッテくれタわねェ」

そう呟きながら、彼女は両手に魔力の炎をともす。ついに、バグの口から白い光線が放たれるが、彼女は少しも動じずに両手を左右に広げて待ち構える風である。
まさに彼女に光線が直撃するという段になって、クレイジーは広げた両手を胸の前で勢い良く合わせた。ぱん、と小気味良い拍手の音が響き、その瞬間クレイジーの正面にライトグリーンに輝く巨大な魔法陣が浮かび上がって、バグの光線を受け止める。――受け止めるというよりは吸収していると言った方がいいかもしれない。バグの光線は、クレイジーの魔法陣を通り抜けることなく、その場で消滅しているようだった。

バグが攻撃を終え、クレイジーを発見するまでの僅かな間に、しかしマルス、ガノンドロフたちは混乱の極みにあった。これまではクレイジーが捕まってしまっていないから、という理由でスマッシュブラザーズがバグの相手をしていたのだ。なのに何故あっさり姿を現したりするのか。
幸いその疑問は、クレイジーを見たバグの第一声が解決してくれた。

「…雑魚相手に、ダメージを受け過ぎたようですね…。まさか、貴方を囚える檻が壊れる程とは」

バグはほとんど凹凸のない顔を、地面に座り込むマルスたちに向けて苦々しくぼやく。

「貴方がたの涙ぐましい攻撃が、地味に効いたようです」

つまり、バグはマルスらとの戦闘で、クレイジーの魔力を抑え込めるだけの余力を使い果たしてしまったのだ。
クレイジーは面白く無さげなバグを見てにやりと笑った。

「雑魚?笑ッちゃウわぁ、その“雑魚”相手ニ手も足モ出なかッタのハ、何処ノ誰かしラ?」

「……貴方さえ現れなければ勝てる算段でした」

「負ケ惜しみハ良くナイわネェ」

クレイジーがマルスたちを悪戯っぽく流し目で見ながら肩をすくめる。バグは大きく息を吸い込んでから、苛立たしげにそれを吐き出した。

「調子に乗るなよ、破壊神」

「コッチのセリフよ、出来損なイ」

刹那、バグとクレイジーが大きく跳躍し、空中高くで魔力の篭った拳を激突させた。圧倒的に押し勝ったクレイジーは、バグを地面に叩き付ける。その衝撃で、どん、と辺り一帯が地震のように揺れた。そこで、今まで呆然とクレイジーたちの戦いを見ていたマルスが思い出したように声を上げた。

「リンク」

「え?」

ネスが王子を見上げる。マルスは急に慌てたように立ち上がった。

「クレイジーがいるなら、リンクも出てくるはずだ。リンク、リンク!」

かと思えば、あてもなくふらふらとさまよい始める。ネスは度肝を抜かれてマルスを呼び止めようとしたが、ちょうどその時懐かしいあの声を聞いたのだった。

「…すいませーん…誰か、助けて下さい…」

その声はマルスにも聞こえていたようで、王子は足を止めてネスを見下ろした。二人は同時に声のした方向を恐る恐る振り返る。

金属に変化させられていた瓦礫の、切断面に当たる場所から、その声は響いてきていた。だが二人はその時、声よりも確かな仲間の証をそこに見た。

――リンクの片足が、その金属塊の切断面から突き出していた。

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