LUNATIC
*37
マルスは暫し、虚を突かれた様子で沈黙していた。
かと思えば、突然剣を握っていない方の手でネスの肩を掴み、無理矢理起き上がらせる。カービィが再び剣を構えたが、どうもさっきまでとはマルスの様子が違うようだった。
「………君、…何故、血が…」
血の気のないマルスの唇が震えるように言葉を紡いだ。どうやらネスがマルスにしがみ付いた時に付いた血のことを言っているらしい。が、ネスは意味が分からず、黙ったまま王子を見上げた。王子の蒼い瞳は、一時の狂気が姿を消していた。
マルスはネスの肩を掴む手に力を込めた。
「い、痛…!」
「誰に、やられた?」
「は?何が…」
「まさか、――…僕が?」
目を見開いて、マルスが固まる。ネスは助けを求めるようにカービィを見た。カービィは動かなくなったマルスをじっと見つめながら呟いた。
「多分だけど…マルスはネスが、怪我してると思ってるんじゃない?」
「え?」
言われて、ネスは初めて自分の体を見下ろした。そうしてようやく、体中が血だらけなことに気付く。とは言っても、それらは全てネスの血ではなく、言うなれば“返り血の返り血”だった。
再度ネスはマルスを見上げた。彼は顔面蒼白となってネスを見返した。
「あー…僕は怪我なんかしてないよ」
「――僕が、やったのか」
「え?だからこれは怪我じゃなくて」
「僕は君を、傷付けたのか」
「だーかーらぁ、怪我じゃなくてただの…」
「僕がやったのか?そうじゃないのか?どっちだ!」
突然、マルスが叫んだ。が、負けじとネスも声を張り上げた。
「うるさいなぁ!アンタは何もしてないよ!未遂だ!!」
ネスの声量に目を丸くしてマルスが黙る。さらに少年は畳みかけた。
「確かにアンタに殺されそうになったけどね、カービィが止めてくれたの。覚えてないの?若年性アルツハイマーかアンタは!逆ギレしてる暇があったらカービィに謝れモヤシ!!」
ネスはマルスの胸ぐらを掴んで吠えた。“掴んで”というよりもぶら下がっているようにも見えるが。
マルスは思い出したようにカービィを見た。カービィは居心地悪そうに後退った。
「…そうだったのかい?」
何処か自信無さげにマルスが問う。カービィはおろおろと視線を泳がせた。
「え、えと…あ…大体そんなカンジ…」
「――すまなかった」
「ふぇ!?ぁ…あ、うん」
マルスもカービィも、それまでの激昂ぶりが嘘のようにしゅんとしていた。そんな二人の様子に、しかし寧ろネスは安堵する。――少なくとも、今の二人はネスの知る二人だった。
「…良かった…」
ネスは力を抜いて再び地面に仰向けに倒れた。この僅かな瞬間に、異常なまでに疲れた気がしていた。
やや慌てたようにマルスとカービィがネスの顔を覗き込む。ネスはにへらと笑ってみせた。
「僕は二人が――」
言いかけて、ネスは目を見開いて固まる。カービィもネスの視線を追って愕然とした面持ちで声にならない叫びを漏らした。
全身をマルスにズタズタに引き裂かれたバグ――かろうじてシーダの姿をしていたと分かる――が、今にもマルスに襲いかかろうとしてこちらに走ってきていたのだ。
――奴はまだ死んでいなかった!
そのことを伝える為の言葉を探し、ネスは口を開くが、思ったような言葉は出てこない。一方、マルスはあさってな方向を見てぽかんと口を開けていた。
「王子!後ろッ…」
「伏せろ!!」
ようやくネスが背後を指差して叫ぶのも無視して、マルスはカービィとネスに覆い被さるように地面に伏した。まさか自分が犠牲になるとでも言うのか、と抗議の声を上げかけて、ネスは喉まで出かかったセリフを飲み込む。
マルスと共に地面に伏せた直後、彼らの真上を巨漢の魔王が飛び越えていくのを見たからだった。
そこでネスは、マルスがあさってな方向を見ていた理由を知った。彼はこちらに駆けてくる魔王を見て、バグの存在を知ったに違いない。
絶妙な時間差で現れたガノンドロフは、目標を失って突っ込んでくるバグに向かって紫炎を纏った右腕を突き出す。今さらブレーキをかけることも叶わず、バグは正面から魔人拳の餌食となったのだった。
悲鳴も上げずに、一直線にバグは遥か後方のブロック塀まで吹っ飛ばされた。大乱闘なら確実に撃墜ものだろう。
マルスはのろのろと起き上がり、バグが飛んでいった辺りを睨み付ける魔王の横に並んだ。
「ロイは?」
「俺が治した」
へぇ、と気のない返事が寄越される。ある程度予想は出来ていたようだった。
王子は未だ魔王の腕に纏い付く紫炎を横目に、短く問うた。
「倒したのか?」
「これで勝てねばお手上げだ」
魔王が渇いた笑いを漏らす。手応えは十分だったようだ。マルスは今のところ土埃しか見えない場所に目を凝らした。
目を凝らしながら、さも今思い出したというようにマルスが呟いた。
「要らぬ手間を取らせたようだね」
マルスの視線は固定されたままだったが、ガノンドロフには彼が何を言おうとしているのかきちんと理解していた。
――我を忘れて暴走するという失態と、それに余計な人員を割かせたという事実。
足を引っ張ったとして魔王のげんこつをもらっても良さそうだと思っていたらしいマルスは僅かに体を固くしていたが、魔王はげんこつの素振りも見せずに答えた。
「常にあれぐらい真面目に働け。今日の貴様は少なくとも俺より役立った――やり過ぎだがな」
「まぁ、結果オーライということか。魔王様は姫(クイーン)を守る騎士(ナイト)の役割で忙しそうだったしね……痛い!」
今度は容赦なく魔王の鉄槌が王子の頭上に降り注いだ。
「殴ることないじゃないか!」
「ふん」
「――助かった」
戯言に紛れてぽつりと本音を漏らしたらしいマルス。魔王は王子を見た。王子は依然として土埃を見ていた。頑に目を合わせないようにしているようでもあった。
「仲間の前であのような醜態を晒すとは、我ながら恥ずかしい。それに、あれ以上続けていたら――」
――僕が壊れていた。
最後の言葉は口に出さず、王子は黙り込んだ。
ちょうどその直後、カービィとネスが魔王たちの元へと駆けて来たのだった。
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