LUNATIC
*36
「ぎゃあぁあぁぁぁあッ!!」
聞くに耐えない悲鳴が響く。バグが魔力のこもったマルスの剣を喰らったためだった。マルスは返す刃で再度バグに斬り付け、最後に怯んだバグの喉を一突きにする。
ほとんど間を置かず、今度はバグの腹に蹴りを入れて、マルスは無理矢理バグから剣を抜き去った。ゲホゲホと血を吐きながら、バグは地面に突っ伏した。
「か…っは…!!」
喉を押さえて蹲るバグの背中を足蹴にし、マルスは肩に剣を担いで首を傾げる。
「良い声で哭くねぇ、君。確かに声だけはシーダだ」
マルスはうっとりと瞳を細め、口の端を吊り上げた。
「もっと、声を聞かせてくれるかい」
次の瞬間、両手で構えた剣をバグの背中に突き刺すマルス。喉はもう再生していたらしく、バグは再び痛みに絶叫した。が、気が収まらないのか、わざとなのか、マルスは一度ならず何度も何度もバグの背中に剣を突き立てる。彼の甲冑や服、マントはみるみる返り血で真っ赤に染まり、バグはとうとう悲鳴すら上げなくなった。
悲鳴が上がらないことが詰まらないのか、マルスは斬り付けるのを止め、蹲るバグを足で転がして仰向けにした。バグは息も絶え絶えといった様子で王子を見上げた。
そんなバグを覗き込み、マルスは眉尻を下げる。
「やり過ぎたかな?もう少し丈夫だと思ったんだが」
言うや否や、マルスのブーツの踵がバグの喉元を踏み付けた。喉が潰れ、呼吸もままならないバグは必死に王子の足を掴んで引き剥がそうとする。が、マルスは更に体重を乗せ、じたばたともがくバグの左腕の肘に狙いを定めて剣を下ろした。
狙い澄まされたその攻撃は、剣の腹で肘の関節を強打する。呆気なく、バグの腕の関節が粉砕された。
くぐもった悲鳴が、バグの口から漏れた。
「――っ!!――…!」
「詰まらないじゃないか。声を出したまえ」
「………っ」
「言っておくが、まだ殺してあげないよ」
今度はバグの右腕の関節を砕きながら、美貌の王子は嗤った。
「あは、ははははっ!ははははは!」
頭から血を浴び笑い続ける王子の姿は、一枚の絵画のように様になる。だが、実際その光景をまのあたりにする者にとっては、そんな生易しいものではなかった。
それまで事態を傍観していたカービィは、すぐさま逃げ出したい衝動に駆られた。こんなマルスは見たことがない。まだキレたリンクの相手をする方がマシだ。
しかし、後退るカービィはぽてんと誰かにぶつかって我に返った。はっとして後ろを振り向くと、そこにはいつの間にか、マルスの姿を見て立ちすくむネスがいたのだった。
――ガノちゃん、酷い。
カービィは即座に胸中で悪態を吐いた。魔王は恐らく、王子が“こう”なることを知っていた。その上で“マルスを止める為に”カービィを向かわせた。そしてカービィだけでは事態が収まらなかった場合に備え、ネスをここへ向かわせたのだ。
だが、ネスにあんなマルスの姿を見せるのは――さらには対処を任せるのは――あまりに酷だ。
要するに、カービィの退路は、早くも絶たれていた。
「ネス…ネス!」
「…うぁ…カービィ…」
真っ青な顔でネスがカービィを見下ろす。カービィは後ろで聞こえる骨が砕ける音を掻き消すように叫んだ。
「少し、ここから離れてて!ボクが何とかするから!!」
「――駄目…だよ。王子が…」
が、カービィの提案を無視して、消え入りそうな声音でネスが呟いた。いつの間にか、その視線はマルスへと釘付けになっていた。
「僕が…助けなきゃ…僕が…」
「ネ、ス…?何言ってるの…」
「僕が止めなきゃ」
突然、ネスがマルスに向かって走り出した。度肝を抜かれたカービィは、慌ててその後を追う。マルスはカービィにもネスにも気付いていないのか、ぱったりと抵抗の止んだバグを斬り刻み続けていた。
「やめて!止まって、ネス!今マルスに近付いたら何されるか分かんないよっ」
カービィがマルスからネスを遠ざけようとした理由は、ここにもあった。先ほどのやり取りから、カービィは確信していた。現在マルスには、まともな理性が働いていないと。
肝心なのは如何に敵を痛めつけ、恐怖の底に叩き落とすかであり、それ以外の事象は全て二の次なのだ。
しかし、ネスは聞く耳を持たなかった。
ネスは真っ直ぐマルスの元まで走り、彼の背後からその腰辺りに飛び付いた。マルスの服には真新しい返り血がべっとりと付いていて、ネスもその一部を被ることになったが、少年は特に気にした様子もなく叫んだ。
「しっかりしてよ!こんなの、嫌だよ!!」
それまで止まることの無かったマルスの剣が、ぴたりと止まった。
ネスを追っていたカービィは「え」と瞠目する。まさか、本当にネスが――
ネスはマルスのマントに顔を埋め、彼の腰辺りにしがみついていた。セミみたいだ、とぼんやりカービィが思っていた刹那、マルスがぐるりと振り返ってネスの腕を掴む。
そして――細い少年の体を、地面に引き倒した。
「いたッ」
短くネスが悲鳴を上げた。一瞬、ネスとマルスの目が合う。しかし王子の瞳は猛禽のようにぎらつくばかりで、彼は倒れるネスに向かって剣を振り上げた。
――嗚呼、殺される。少年は他人事のように淡々と思った。
「――…っ自分が何してるか分かってるの!?」
が、王子の剣は少年を捉え損ねた。絶叫しながら滑り込んできたカービィの剣が、マルスの剣を受けたのだ。
カービィは、仲間の誰もが未だかつて見たことがない程に怒っていた。激昂していたと言っていい。
「見損なった!一体何処まで堕ちれば気が済むんだ?!キミが今、殺そうとしたのは誰だか言ってみなよッ!?」
王子の豹変ぶりもそうだが、激昂するカービィというのも中々見れるものではない。
ネスは呆然として星の戦士と蒼の王子を見比べていた。
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