LUNATIC

*35

結局、ネスはぷりぷりと怒りながら言われた通りにカービィの元に走っていった。その背を見送りながら、フォックスはおとなしく魔王の治療を受ける。
魔王曰く、回復魔法は得意ではないらしい。が、その強大過ぎる魔力故、効果は覿面だった。

多少の血は抜けたものの、フォックスの背中の傷は一分と経たないうちに消えていた。――背中の毛が、若干禿げはしたが。

「驚いたな。アンタがそんな魔法が使えたなんて」

感心半分、からかい半分でフォックスが言う。魔王は気分を害したように眉根を寄せた。
それを見て、フォックスは慌てて付け足した。

「怒るなよ、褒めてるんだ」

「どうだかな」

「悪かった。感謝してる」

「ふん」

拗ねたように顔を背ける様が何だかおかしく、フォックスは口の端に笑みを浮かべる。が、ふと深刻そうな顔に戻り、まだふらつく足取りで立ち上がりながら魔王を見て言った。

「ゼルダには俺が付いてるよ」

「…怪我人の分際で何を偉そうに」

「リンクの為を思うなら、マルスのところに行ってやれよ」

意外なことを言われた――というより、図星を突かれたというように目を剥いて魔王はフォックスをまじまじと見つめた。が、その表情をすぐさま不機嫌そうなものに変えて、魔王は苛々とした様子で唸った。

「誰が…誰の為に、だと?寝言は寝て言え」

「アンタがリンクの為に、さ。ずっとおかしいと思ってた。アンタは今日、いつもの数倍動きが鈍かった」

ガノンドロフは眉間に深々と皺を刻んでフォックスを睥睨した。フォックスは負けじと魔王を睨み返した。そして、言う。

「そりゃそうだよな、慣れないことするからだ。――アンタはリンクの代わりに、ゼルダを守ってたんだ」

――マルスがバグに襲いかかったときすぐに加勢に行かなかったのも、避けられる攻撃を避けずに食らったのも、全てゼルダを守る為の行動だった――。

「――馬鹿馬鹿しい」

魔王はフォックスから視線をそらして呟いた。意外と分かりやすい人だな、と思いつつもフォックスは何とかその一言を飲み込んだ。
そんな挙動不審なフォックスの態度にも気付かず、魔王は虚空を睨み付けていた。が、とうとう観念したのか、一つ溜め息を落とすとのしのしと歩き始める。――ネスが走っていった方向へ、だ。

「…案外、仲良いんだなぁ」

そうフォックスが呟いたのは、魔王の姿が相当小さくなってからだった。



少し時間は遡る。
ガノンドロフと別れた直後、カービィはミニサイズの封印の剣を片手にマルスの加勢に向かっていた。
魔王の「王子は貴様に任せる」という言葉を、「王子の加勢は貴様に任せる」と解釈したのだった。それは至極当然な解釈の仕方だったし、カービィ自身マルスの姿を見るまではその解釈を疑わなかった。

「マルス!どこにいるの?大丈夫!?」

カービィがその場に到達するまで、相当激しくやり合っていたらしいマルスとバグは、しかし忽然と姿が見当たらなくなってしまった。仕方なく危険を覚悟でカービィが大声を出すと、すぐ脇の瓦礫の下からボロボロに傷ついたマルスが這い出してきた。

「カービィ!ここだ」

「マルス…だ、大丈夫?!」

慌てて駆け寄ってマルスを助けようとするカービィだが、直感的に身の危険を感じ取ると後先考えずに後方へ飛び退った。
それが正解だったようだ。
どこからともなくもう一人のマルスが現れ、カービィと瓦礫の下にいるマルスとの間に立ち塞がったのだった。

「――君は、馬鹿か?」

後から現れた方のマルスが、唖然としてこちらを見上げる、瓦礫の下にいるマルスを見下ろして言った。

「僕と戦っていながら、他の誰かを相手にする余裕があるとでも?」

「カ…カービィ!こいつがバグだ、とどめを刺せ!」

低く囁くように言って、ゆっくりと瓦礫の山に近付くマルスと、瓦礫の下でもがきながらカービィに叫ぶマルス。
二人のマルスを見比べて、カービィはただ立ちすくんだ。

どちらが本物か、というのはカービィにとって大した問題では無かった。――正確に言えば、一目見て分かったというだけの話だが。
この時小さな星の戦士の脳内を占めていたのは、魔王に任された仕事の本当の意味だった。

「ガノちゃん…これはちょっとボクの処理能力越えてるよ…!」

カービィの独り言にも反応せず、もう一人の自分を瓦礫の山から引きずり出すマルス。容赦なく地面に叩き付けられた傷だらけの王子は、よろめきながらも立ち上がって自分自身と対峙した。

「カービィ…頼む、助けてくれ!」

傷だらけな方のマルスが、縋るように叫んだ。が、カービィは依然として動かない。無傷な王子が高らかに笑った。

「ふ…っあははははは!」

「な…」

うろたえる傷だらけのマルス。無傷のマルスははぁ、と息を吐いてから続けた。

「君が僕なら分かるだろう?僕は助けを乞うのが、嫌いだと。さっき、記憶や癖までコピー出来ると言っていたけど、君のコピーはあまりにお粗末だ。こんな僕は、断じて今の“僕”ではない」

ぎらりと、マルスの蒼い瞳が冷たく煌めいた。言うまでもなく、無傷な方の、である。
傷だらけの方のマルス――バグは、血の気の引いた顔で後退った。
それを追うように、マルスが前に進み出る。

「君は、僕を怒らせた」

王子が手の中でくるりと剣を回して握り直した。

「許されると思うな。叩き潰してやる」

マルスが一歩大きく踏み込むのと、バグがぐにゃりと姿を歪めたのが同時だった。
バリバリと電撃を纏いながら、マルスの剣が頭上から振り下ろされようとしたその瞬間、バグは変身を終えた。傷だらけのマルスは、鎧を纏った蒼髪の女性に変わっていたのだ。それはマルスの婚約者シーダの姿だった。
不味い、とカービィは胃の縮む思いがした。これではまるきり、ロイの二の舞ではないか、と――

「お止めください、マルス様!シーダにございます!」

ロイの時と同じく、バグは助けを乞うて叫んだ。が、マルスは氷の如く冷たい瞳で婚約者を睨み、そして怒鳴った。

「馬鹿にするな!!」

まったく速度を落とすことなく、マルスの剣がバグに直撃した。

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