LUNATIC

*34

信じられない言葉を吐いて、魔王はロイの横に膝を付いた。カービィはぽかんと口を開けて魔王を凝視する。

「は――ガノちゃんが??」

「貴様、この期に及んでそんなふざけたあだ名を…」

「出来るの?」

ガノンドロフの言葉を遮り、カービィは彼に詰め寄った。魔王は不機嫌そうに頷く。

「ハイラルにいた頃にはそれなりに回復系の魔法も使っていた」

「そんな…今まで一度も」

「そうだ。だが今重要なのはそこではない」

唐突に魔王は声を落としてカービィを見つめた――というよりは睨んだに近いが。
カービィはごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

「な、に?」

「王子は貴様に任せるぞ」

「え?」

「行け。…風船、ゼルダは放っておけ!こっちに来い!」

カービィとの話し合いを早々に切り上げ、ガノンドロフはゼルダを心配そうに見上げるプリンに怒鳴り付けた。プリンがびくっとしてから慌ててこちらに駆けてくる。
カービィはプリンに聞こえないよう、小声で問い返した。

「何?意味が分かんないよ!マルスが、なんなの?」

しかし、魔王は答えない。既にロイの容態の見極めに入っているようだ。そうなってはさすがのカービィも邪魔する訳にはいかない。
仕方なくカービィはその場を去りかけたが、ふと思い立ってその場に転がっている封印の剣を拾い上げた。そしてその剣を何の躊躇もなく飲み込んだ。お馴染の「ごっくん」という音と共に、ロイと同じ赤毛を生やし、ミニサイズの封印の剣を持ったカービィが出現する。ロイをコピーしたのだ。

「ロイ、ちょっと借りたからね!」

意識のない友人に律義に伝え、カービィは魔王に言われた通りに王子の元へ走った。

走り去るカービィには目もくれず、魔王は険しい表情でロイの傷を睨む。少し遅れて息を切らしたプリンがやって来た。魔王は一瞬プリンを見たが、すぐにその視線をロイに戻した。

『来ましたよ、ガノンしゃん』

「手伝え」

『も、勿論でしゅ』

何処か淡々とした様子の魔王に、焦りの色は窺えない。そのことがいくらかプリンを慰めた。
が、次に魔王の口から発せられた言葉は衝撃的だった。

「急所は外れている。土壇場で赤毛が身をよじったのだろう。だがこの腕を抜けば、恐らく失血過多で死ぬ」

『えぇぇ!?』

大きな目玉が飛び出さんばかりに驚いた様子のプリンは、慌てて次なる言葉を促した。

『た、助かりましゅよね?ロイしゃんは大丈夫でしゅよね!』

魔王は無言だった。暫くして、ぽつりと一言。

「運が良ければ、な」

『そんな』

「しかし、このままでも赤毛は死ぬ。腕を抜き、同時に傷を塞ぐ――さすがに俺一人では出来かねる。だから」

魔王はプリンを赤い瞳でじっと見た。

「腕を抜く作業は貴様がやれ。俺は傷を塞ぐ。…一気に抜け、さもなければ血が溢れて赤毛は死ぬ」

『……っ…!!』

ぱくぱくとプリンは口を動かした。そんな重要な仕事など恐ろしくて出来ないと言いたいのだろう。が、魔王はプリンの言い分を聞こうとしなかった。
プリンは困り果てた。

『プリンは…プリンは…』

うわ言のように繰り返すプリンだったが、しまいにその声はぷつりと切れた。
魔王は改めてプリンを見下ろした。彼女は毅然とした表情で臆せず魔王を見上げた。

『――やりましゅ』

「よかろう」

魔王は、両手の間に翠色に輝く光の球を出現させる。プリンはタイミングを図るようにロイの胸に刺さった腕を掴み、魔王を見つめた。

『…大丈夫でしゅか?』

「いつでもいける」

ふー、とプリンが息を吐く。プリンが一回りしぼんだようだった。

『それでは行きましゅ…いち、にの…しゃん!!』

プリンが勢いよくロイの胸に刺さった腕を抜き去る。体の大きさの割にプリンの力は強い。魔王の希望通り、それは一瞬で抜き取られていた。
同時に魔王の手から翠の光が放たれ、ロイを包み込む。目を覆いたくなるほどの眩い光に、彼らの視界は白く染め上げられた。

『ロイしゃん!』

光が止むなり、プリンがロイに飛び付いた。ロイの胸に空いた傷は、綺麗さっぱり無くなっていた。

『成功でしゅね!すごいでしゅ!』

「…嗚呼」

魔王もやはり多少の不安はあったようで、珍しくほっと胸を撫で下ろしたようだった。未だロイの意識は戻らないが、もう治療の必要はなしと判断し、魔王はプリンにロイの付き添いを頼んで立ち上がる。
プリンはロイの怪我が治ったことで感無量なようで、魔王が暫くその場で考え込むように立ち尽くしていたことには気付かなかった。

その時魔王は、後方でフォックスの治療に当たるネスと、いつの間にか視認出来ないところまで行ってしまったらしいマルスたちのいるだろうところを交互に見ていた。どちらを手伝えばいいのか考えていたのだ。
実際には、考えるまでもなく答えは決まっていたのだが。

「小僧、まだやっているのか」

ガノンドロフはロイの元からネスの元へとやって来ていた。ネスの健闘も虚しくフォックスの傷はなかなか塞がらないようで、まだ真皮が剥き出しだった。

「まだやってるよ!!悪かったね」

若干疲れた様子のネスが噛みつく。機嫌は最悪なようだ。
魔王は機嫌の悪いネスの肩を掴み、フォックスから無理矢理引き離した。思わぬ魔王の行動に、ネスは度肝を抜かれたように悲鳴を上げた。

「あッ!何するの?まだ終わってないのに!」

首根を掴まれたまま、ネスがじたばたと手足を振り回した。魔王はそのままネスを脇に放り投げ、狼狽するフォックスをちらと見やって言った。

「遅い。俺がやる。小僧、貴様はピンク球の手伝いでもしていろ」

「ピン…カービィ?しかも、おじさんが??」

明らかにネスは不服そうだった。ガノンドロフが回復魔法を使えることを彼は知らなかったし、いきなりカービィを手伝えと言われる理由も分からなかったのだ。
が、魔王は説明の努力を一切放棄した。

「何度も言わせるな!さっさとピンク球のところへ行け!」


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