LUNATIC

*32

バグが魔王に化けたとして、それがどうして本物のガノンドロフが怪我を負わされるなどという事態になるのか、ネスには甚だ疑問だった。ガノンドロフなら、その敵が自分の姿をしていようが勇者の姿をしていようが、お構いなしに八つ裂きにするくらいのことは出来るからだ。
そんなネスの疑問を汲み取ったかのように、ロイは沈黙を破って口を開いた。

「おっさんは…俺たちをかばって…」

『ガノンしゃんなら避けられたのに、プリンたちの方にバグの攻撃が届かないように壁になってくれたんでしゅ』

半ば放心状態のロイの言葉を継いで、プリンが言った。ネスはヒーリングの手を休めることなく、しかし心配そうにバグと対峙する仲間を見やった。
ちょうどその時、ガノンドロフの姿をしたバグが魔王独特の低い声で笑った。

「ふはははは!貴重な戦力である魔王自身が、戦力外の怪我人や子供の為に自らを犠牲にすると?まったく笑止千万。実に非効率的だ!」

「本当にその通りだ。彼らを守るのはいいとして、それで貴方が倒れたら意味ないじゃないか!!」

バグに続けて、マルスが辛辣な言葉を吐く。魔王は何か言いたげに上半身を起こしたが、まだ体が痺れているらしく何も言わずに地面に伏した。

「怪我人が増えた。プリン、ゼルダ姫を起こせ!ロイ、こっちを手伝ってくれ」

再び鋭い指令を飛ばし、マルスはカービィと共に、プリンたちに狙いを定めようとするバグを足止めしようと踊りかかる。バグは魔王のもつそれとまるきり同じ長剣で、それらの攻撃を易々と凌いだ。
弾かれたハンマーを構え直しながら、カービィが叫ぶ。

「ねぇ、マルス!マスターは“バグの戦闘能力はそんなに高くない”って言わなかったっけ!?」

同じくバグの剣圧に圧倒されて後退ったマルスは、叫び返した。

「僕もそれは確かに聞いた!だが、これは…っ」

――本物の魔王と寸分違わぬ実力!

そもそも、大した戦闘能力がないなら、たとえ不意を突かれたにせよマルスがバグを逃がすはずが無かったし、ゼルダが攻撃されることも、魔王が不覚を取ることも無かったのだ。だが、それらは全て起こった。彼らは認識を改める必要に迫られていた。

「ようやく気付きましたか、神の手駒たちよ!私が型どっているのは、何も見た目だけではないのです。その声、癖、能力…そして記憶さえも、私には完全にコピーすることが出来る!」

マルスとカービィがお互いの考えを述べるまでもなく、バグは自分で己の能力を明かした。

「勇者の体では不覚を取りましたが、お遊びはここまでです!」

言って、バグは魔王と同じ浅黒い肌をした腕を頭上に掲げ、魔力を溜め始めた。しばしば彼が勇者と決闘をする際に使う大技だ。勿論それを黙って見過ごす訳にはいかない。マルス、カービィ、そして少し遅れてロイが、魔力をじわじわと溜めるバグに飛びかかる。

一方、ネスはフォックスの怪我の治療を、プリンはぺしぺしとゼルダの頬を叩いて彼女が目を醒ますのを待っていた。
だが、ゼルダが覚醒する気配はない。魔力の使える人間が一時的にでもいなくなるのは、かなりの痛手だった。

「ネス、俺のことはいいからガノンドロフを治してくれよ。これだけ治ればあとはなんとか…」

見かねた様子でフォックスが言う。が、ネスは憤慨した様子でそれを遮った。

「馬鹿言わないで!今フォックスの治療を止めたら、こんな応急処置すぐダメになるんだからね。おじさんは痺れてるだけだから後回しだよ!」

「いや、しかしだな」

「怪我人はおとなしくしてて!」

「すいません…」

しゅんと頂垂れるフォックスは無視して、ネスはプリンを見やる。プリンはどうしていいのやらといった様子で今にも泣きそうな顔をしていた。

『また…また、リンクしゃんみたいに…』

プリンの瞳が涙でうるむ。泣きたいのはこっちだとネスは叫びたくなった。

「プリン!大丈夫だから、しっかりして!!」

自分を含め、現在全員が浮足立っていることがネスにはよく分かっていた。普通の状態なら有り得ないことだ。が、バグの出現で秩序の崩壊したこの世界では、さすがの英雄たちも平常心でいることは難しい。
魔王は普段なら絶対しないようなヘマをやらかすし、フォックスは後ろ向きな言葉ばかり吐く。

だが、そんな中でも最も平時とかけ離れた行動を取っているのがマルスだった。

――あんな風に怒鳴る王子は、初めて見たかもしれない。

現在ネスの胸中には、バグに対する恐怖よりも、仲間の見知らぬ一面を知る恐怖が渦巻いている。一抹の不安を抱え、ネスはちらりと交戦中の王子たちを見た。

しかし、彼の心配も虚しくネスが一瞬目を離した隙に、戦況は大きく変わっていた。それまでは威勢の良かったバグが、途端にロイたちに押され始めていた。
どうも、バグにとってロイの封印の剣は相性が悪いようなのだ。
マルスやカービィの攻撃は平気で素手で受け止めるのに対し、ロイの剣技は大袈裟なまでに身をよじってかわしていた。

「ロイ!奴は何故君の剣を避ける?!毒でも塗ってるのか!」

「俺が知るか!ちなみに毒の剣はシステム的に使えねぇよ!」

「ロイー、そういう裏事情は喋っちゃ駄目ー」

マルスがやけくそになって叫ぶのに、ロイも色々と禁句を口走る。最も冷静なカービィが、珍しくツッコミの役割を果たしていた。

「多分だけど、バグには魔法が効くんでしょ?ってことは、ロイの剣は魔法の力も混ざってるんじゃない?」

この場にいる誰よりも、カービィが一番冷静だったに違いない。マルスとロイは、カービィの指摘に納得したように「嗚呼」と頷いた。が、そのすぐあとでマルスは眉根を寄せて考え込むように呟いた。

「魔力のこもった剣…魔剣…そうか、ファルシオンでは効かない訳だ!」

唐突に、王子はファルシオンを地面に突き立てた。そして代わりに、腰に差していたもう一本の剣を鞘から払う。

マルスが握るその剣こそ、雷の魔剣――サンダーソードであった。

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