LUNATIC

*31

「…解せませんね」

リンクの姿で、バグはうそぶいた。

「何故、そうも躊躇いがないのか。私が知るニンゲンは、非常に見た目に騙されやすい生き物でした」

「僕が、君の知るニンゲンではないからだよ」

マルスは言いながら軽く膝を曲げ、跳躍の構えを取る。それに気付いたガノンドロフが制止の声を上げるより早く、王子は屋根の上に逃げたバグを追って瓦礫の山を蹴っていた。

「おい、先走るな!」

「僕に命令するな」

魔王の一喝も一蹴し、バグと同じ高さまで飛び上がった王子は着地と同時に前へと駆け出す。数瞬後、辺りには高らかな金属の悲鳴が響き渡った。
王子とバグの剣が、お互いを弾き合ったのだ。

まず後退して間合いを取ろうとするバグに、マルスは俊足を生かして易々と距離を詰めた。
予想を上回る王子の動きに、さすがのバグも焦りの表情を浮かべる。それを見たマルスは、緩く口角を持ち上げた。

「動きの速い相手に逃げは通用しない…と、いつか言ったはずだ。君が“リンク”なら同じ過ちは犯さなかっただろうに」

「な…何の話…」

「昔の話さ」

言いながら、マルスは目にも留まらぬ速さで剣を上段から振り下ろした。何とか己の聖剣でそれを防ぐバグだが、それも王子の返す刃で弾かれてしまう。瞬間的に無防備となったバグに、再びマルスの剣が襲いかかる。
何の躊躇もなく、王子は仲間の姿をしたバグを一突きにしていた。

一方、それを見ていたゼルダは堪ったものではない。偽物であると分かっているとはいえ、最愛の勇者とまったく同じ姿の者が傷付くのをすっかり容認出来るほど、すっぱりと割り切れるはずもなかったのだ。攻撃をすることに関しては、常時乱闘に参加しているスマッシュブラザーズの面々は多少なりとも抵抗が薄い。が、リンクの姿で血を流し、苦悶の呻き声を上げられたりすれば、さすがの彼女でも正視に耐えがたいものがある。

マルスの他は、ガノンドロフも眉一つ動かさずに成り行きを見守っているが、その他のゼルダを始めとするメンバーは、偽物ではあるものの、勇者を斬り刻む王子という異様な光景に顔色を失っていた。

「マ、ルス…」

遠慮がちにロイが声をかける。マルスは敢えてロイの声を無視し、ガノンドロフを呼んだ。

「とどめを刺せ、魔王」

「…命令するな」

挑発的な言葉で反論を返す一方、王子の指示があるまで動きを見せなかった魔王は、やはり曲がりなりにも王子の行動に驚いていたようだ。
王子の鋭い命令に、しかし魔王は素直に従い、倒れるバグに魔人拳の狙いを定める。

が、残念ながら、バグは彼らが思う以上にタフだった。心臓や、体の各関節を神剣で貫かれたバグは、それでもまだ動く余力を残していたのだ。
マルスが組み敷くリンクの姿が、唐突に歪む。それを察したマルスは素早く後ろに飛び退った。同時にリンクの姿がどろりと溶け、かと思えばそれは定まった形を成さずにマルスとガノンドロフの間を縫うように走り抜け、後方で唖然とするゼルダに飛びかかった。

突然の出来事に、さすがの英雄もほとんど反応出来ず、ゼルダは易々と遥か後方の民家の壁に叩き付けられる。その衝撃で息が詰まったのか、彼女は声も上げずにその場に崩れた。
バグはそれで満足しなかったらしい。動かないゼルダに追い討ちをかけに、依然として形の定まらない黒い物体が自身の腕を鋭利な鎌に変えて襲いかかる。

「ぐわぁっ」

しかし、その鎌がゼルダに当たることはなかった。フォックスが、自慢の俊足でバグとゼルダの間に入り込み、何とか致命傷を避けたのである。代わりにフォックスの背中には深々とバグの鎌が食い込み、鮮やかな血潮が勢いよく吹き出した。

「ネス!フォックスを治療しろ!ロイ、プリンは彼らを守れ!」

かつてないほど切羽詰まった口調でマルスが叫んだ。ほとんど同時にマルスとガノンドロフ、カービィが武器を手にバグに駆け寄っていた。ロイ、プリンは完全に呆気に取られた様子で立ち尽くしていたし、ネスは数秒後にようやく自分が名を呼ばれたことに気付いたのだった。
普段とは違い、呼び捨てで呼ばれたことに気付くのに、また数秒かかった。

「だ、大丈夫…フォックス?」

慌ててネスはフォックスに近寄り、そのすぐ横で膝を付いた。フォックスの背中は目を背けたくなるような傷が出来て、大きく肉がえぐれている。彼の服は、ネスが見ている内にも血を吸ってみるみる赤く滲んでいった。

「いてて…すまん、ドジった」

しかし、フォックスには意識があった。ひとまずそのことに安心し、ちらとゼルダを見やってからネスはフォックスにヒーリングをかけた。ゼルダは気を失ってはいるようだが、大事はないようだった。

「謝ることなんてないよ。あのままじゃゼルダが危なかったんだもの」

「確かにそうだけど…やっぱり、足を引っ張った」

一瞬、フォックスにしては珍しく弱気だな、と呑気に思ったネスだったが、今更のようにバグが生物に与える負の影響を思い出すと、眉を吊り上げて反論した。

「フォックスは足なんて引っ張ってない。頼むから弱気にならないで!僕たちは――」

負けたりしないから、と続けようとして、ネスは喉まで出かかった声を飲み込む羽目になった。負けたりしないというのは、先程バグに立ち向かっていったマルス、ガノンドロフ、カービィを信頼するが故のことである。
が、戦況は何処までもスマッシュブラザーズの悪い方に転がっていった。

「魔王!」

悲鳴に近いマルスの絶叫が聞こえた。驚いてフォックスとネスの二人は声の発信源を見やる。何故か、マルスとカービィが何かを守るようにガノンドロフと対峙していた。しかし、マルスたちが守るようにして背にしているのもまた、ガノンドロフである。こちらの魔王は魔法攻撃を食らったのか、服のあちこちが焼けただれ、頭から血を流して倒れていた。

「お、おじさんが二人…?」

「立ってる方はバグだ。アイツ、おっさんに化けやがった」

戦況を見守っていたロイがネスの呟きに答える。ネスは、ただ唖然とするしかなかった。


[ 32/44 ]

[*prev] [next#]


[←main]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -