LUNATIC
*30
最初こそ張り詰めていた空気は、しかし時間の経過とともに徐々に弛緩していった。
バグの本拠地であるルーナをあるくマルスたちは、あまりに変化も動きもない世界にすっかり緊張を失っていたのだ。行けども行けども辺りに広がるのは荒廃した家屋の塊とその残骸で、バグらしい気配や殺気は微塵も無かった。
「居ないのかなぁ」
ぽつんとカービィが呟く。幾らか明るいプリンの声が答えた。
『プリンたちに恐れをなして、逃げ出したんでしゅ』
「まぁ…確かにおっさんは顔怖いしな」
「それは関係ない」
ロイがからかうように魔王を見上げれば、魔王はくそ真面目に顔をしかめた。――怖い。
そうこうしている内に、彼らは最後にリンクやクレイジーと別れた広場に近付いてきていた。ひとまずバグ探しは諦め、リンクたちと話しておこうというカービィの案が通り、些か急ぐようにゼルダが先頭を歩く。早くリンクの声だけでも聞きたいのだろう。
しかし、いくらも歩かないうちにその足は止まった。
「…え…――!?」
広場に通じる道の真ん中を、向こう側からこちらの方へと誰かが歩いてくるのに皆が気付いたのだ。しかもその誰かというのが――。
「リンク!」
不思議な作りの緑の服と帽子。金髪、碧い瞳、尖った耳。見間違えるはずもない、確かに彼らが探しに来た仲間の一人、リンクがふらふらと道路を歩いていた。
彼は呼ばれたことに気付くと、曖昧に笑って手を上げた。
「皆さん、お揃いで」
『リンクしゃん!無事だったんでしゅか』
「怪我はないんですか?」
すぐさまゼルダとプリンがリンクに近付く。リンクは再び曖昧に笑った。
「えぇ、えぇ。無事ですよ、この通り」
リンクの言う通り、彼の体には傷らしいものは全く無かった。喋る声もはっきりしている。その言葉に嘘はないようだった。
遅れてやって来たロイとフォックスが、同じくリンクに尋ねる。
「お前捕まってたんじゃなかったのかよ」
「クレイジーはどうした?一緒じゃないのか」
「空間に僅かな綻びを見付けた彼女が、束縛を破ったのです。彼女は今、バグと交戦しているでしょう」
だからバグがいなかったのか、と彼らは深く納得していた。次いで彼らは耳を澄ます。もしかしたらバグとクレイジーの戦う音でも聞こえるのではと踏んだのだ。しかし辺りには静寂しか流れていなかった。
それに気付いたのか、リンクは思い出したように付け加える。
「バグは逃亡を図りました。彼女はそれを追って時空を飛び越えています」
つまり、クレイジーは自力で脱出し既にバグと戦っていて、彼らの救出作戦は全くの無駄足になったのか。
リンクの話の要約すればそうなる。やはり強さを誇る破壊神、ある程度のピンチなら彼女は自ら乗り越えることが出来るのだ。助けるまでもなかった。彼らは一挙に脱力感に見舞われてため息を落とした。
「…ねーぇ」
そこに、ごく低い位置から声がかかる。カービィだ。リンクは僅かに笑んで首を傾げた。
「なんでしょう?」
「…キミ、誰?」
一瞬、全ての物が動きを止めた。何を言い出すかと思えばこのピンク球は、仲間の顔を忘れたのか――。
「キミの見た目はリンクにそっくりだけど、中身がリンクじゃないよ」
「何を言うのです、カービィ。私はリンクですよ」
やんわりと、しかしはっきりリンクが反論する。しかしピンク球は少しも怯まずに続けた。
「リンクはね、こーゆー時は一番最初に謝るの」
はっとしたようにピンク球を、そしてリンクを見つめる仲間たち。リンクは先までの表情のままで沈黙している。ちなみにマルスとガノンドロフは初めからリンクに近付いてもいなかった。
「迷惑かけてごめんなさいって謝って、それから皆が無事で何よりですって笑うんだよ。次にゼルダをぎゅーってしたり、マルスに怒られたり、ガノちゃんと喧嘩したりするの」
相対するカービィとリンクを残し、他のメンバーはじりじりと後退した。言われてみれば、そうだ。全くカービィの言葉通りではないにしても、リンクの性格ならそれに類似したことは言わねば気が済まないはずだった。
突然、しゃらんと抜刀の音が響く。マルスがファルシオンを抜いていた。魔王もその手に魔力を溜めて、およそ仲間に向けるようなものではない、殺気を孕んだ視線をリンクに注いでいる。――まぁ、ガノンドロフに関してはいつもと変わらないのかもしれないが。
最後にもう一度、カービィが問うた。
「キミは、バグ?」
沈黙。
「――ふ、あはははは」
乾いた笑い声が、リンク――だと思われていた人物から漏れる。遅れてロイやフォックスたちも武器を取り出して身構えた。
それは、曖昧な笑みを浮かべてピンク球を見据えた。
「いやはや、素晴らしい。やはりこの程度では貴方がたを欺くことは出来ませんか」
いつの間にか、リンクの目に宿る光がいつもの碧とは違う輝きを呈していた。初めてバグに会った時に見た、あの人形のスカイブルーの瞳と同じ色である。
「最後の最後に、創造神も面白いものを寄越してくれましたね。これは楽しい暇つぶしになり――」
ふい、とリンクが背後のロイたちを振り返る。刹那、青い残像がカービィの横を駆け抜けていた。
抜刀したマルスが、リンクに斬りかかったのだった。
「消えろ。不愉快だ」
「…っ!?」
(まだ会話の途中――!!)
敵は勿論、味方さえも王子の先制攻撃には度肝を抜かれていた。言いたいことも満足に言えないままに、リンクの偽者だと思われる者はマルスの凶刃にばっさりと斬り捨てられる。さらなる追撃は何とかかわし、それは人間には有り得ない動きをして壊れた民家の屋根の上に飛び上がった。そこで、彼が斬られた傷に手をかざすと、痛ましいまでの斬り傷は跡形もなく消えてしまった。
「…普通、仲間の姿をしてる人に斬りかかります?」
酷く不満げな声が、屋根の上から降ってくる。もしかしたら身体は本物で、精神だけを操られてる――とかいう話もない訳ではないはずだろう。しかしマルスは剣呑に瞳を細めて唸った。
「僕の攻撃にああもあっさり当たるほど、僕のリンクは弱くない」
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