LUNATIC
*29
リンクは、しばし殺し合いの最中であることを忘れてクレイジーを凝視した。
「…何を…言ってるんです?“12人”…って…」
「覚えてないの?」
が、クレイジーの方はさも意外であるとでも言うように首を傾げた。首を傾げたいのはリンクの方である。覚えているも何も、彼の知るスマッシュブラザーズは、初めから20人強の大所帯だ。それより前に似たような組織があったというような話も聞いたことが無かった。
「それは、人違いです」
故に、勇者はこう言うしかない。
謂われのない罪で半殺しにされてはかなわないし、何より嫌な予感がしてならなかった。――自分は今、聞いてはならないことを聞いたのだという思いだけが、彼を支配していた。一刻も早く、この話題を終わらせたかった。
しかし破壊神はそれを許さない。耳まで裂けるかと思われる程に口角を吊り上げ、彼女はにたりと笑ってみせた。
「何にも知らないのね」
馬鹿にしたようなその響きに、勇者は唇を噛む。挑発に乗ってはいけないと、彼は己に強く言い聞かせた。
尚も破壊神は嘲るような調子で続ける。
「恥じることないわぁ、知らなくて当然だもの。どうせマスターが教えなかったんでしょ?」
「…もうその話は止めましょう」
「アタシが教えてあげてもいいのよ?この世界の意味も、成り立ちも、アンタたちが存在する意味も」
「…――」
思わず、リンクは絶句した。マスターの名が出た時、既にだいぶ動揺していた勇者だったが、クレイジーがとんでもないことを言い出したせいで、彼の理性的な思考回路はほとんど停止していた。
世界の意味。
己の存在意義。
神である彼女なら、それらを知っていてもなんら不思議はない。しかし、それをただの――まぁ、普遍的な存在であるかと言われれば否と答えるだろうが――人間である勇者に、教えると。
人間の心理として、真実というものは求めてやまないものだ。人は常に知りたがる。それが己に何をもたらすかを深く考えもせずに。
勇者も例に漏れず、そういった欲求は持っていた。この不可解極まりない、創造神が支配する世界の意味を、成り立ちを、そして己の存在意義を、知りたいと思うのは決して勇者だけの思いではないだろう。恐らくあの屋敷に住む英雄全員が同じ欲求を持っていたと言い切れる。
しかし、彼らは今まで敢えてそれらの疑問を神に問うことはなかった。すぐ傍に当の創造神がいたのに、彼から世界の意味を問いただそうとはしなかったのだ。それは創造神に気を遣ったが為ではない。忘れていた訳でもない。
ただ、故意に考えようとしなかっただけだ。
平和で幸せな毎日が過ぎ去る日々の中で、英雄たちのそういった疑問は意識的に思考から排除された。そうすることが自然であり、また彼らのこの世界での営みを円滑にしてきたのだ。
「アンタたちは無知で愚か。それ故に愛しく、取るに足らない存在」
勇者の耳に、クレイジーの呟きがぼんやりと届く。もう彼に、破壊神の口車には乗るまいというような意志は残っていなかった。
「……私、たちは…一体、何の為に……」
そしてついに、聞いてはならない一言を口にしてしまう。
「何の為に、此処に在るのでしょう」
ついぞ英雄たちが考えないようにしてきた問いが、あまりにも呆気なく勇者の口から溢れ落ちた。破壊神はまた一段と口角を持ち上げ、銀の瞳をうっとりと細める。
「聞いたわねぇ?」
かと思えば、凶暴な光を宿した眼がぎらりと輝く。
「聞かれたからには、答えてあげる。…この世界の、“全て”をね」
今更ながら、リンクは己の失態に気付いていた。挑発に乗るまいとしていたはずが、見事にクレイジーの思うがままに誘導されている。しかし、それが何だと言うのか――と、やや反抗的な気持が彼の中に芽生えていたのもまた事実だった。
――世界の“全て”を教えるだって?上等じゃないか。
無知で愚かだと言われるのなら、知らない知識を新たに吸収するまでだ。
自嘲からなのか、興奮からなのか、判別の付き難い笑いがいつの間にか勇者の口から漏れていた。その声に気付いた破壊神は怪訝そうな顔をして勇者を睨む。
「…何が面白いの」
「今の状況が」
実のところ、今でも勇者の中では“これ以上聞いてはいけない”という警鐘が鳴り響いている。何かが――それこそ日々の安寧を根底から覆しかねない何かが――破壊神の口から明かされるのだろうということは漠然と、そして同時にはっきり分かりきっていたのだ。
それでも勇者は問わずにはいられなかった。破壊神の挑発に容易く乗ってしまった。
「“Curiosity killed the cat.”――好奇心で身を滅ぼす…とはよく言ったものです。我ながら実に愚かしい」
しかし、たとえ破壊神の挑発に乗ったのだとしても、ただ彼女の思惑通りに大人しくしているつもりは毛頭ない。幸か不幸か、勇者は己が無知であることを自覚していた。
「破壊の女神、愚かな私に世界の理を教えて下さい」
――あくまで、求めたのは自分ですよ。
「……アンタ“たち”って…ホント生意気…」
勇者の言葉の裏に隠れた挑発に、クレイジーは呆れたようにこめかみに手を当てた。そこには一時ほどの狂気や凶暴さは見られない。感心した――と言っても差し支え無さそうだった。
何故複数形なのか、と微かな疑問がリンクの脳裏をかすめたが、それが具現化する前にクレイジーが再び狂気に満ちた笑みを浮かべてぎらぎらと勇者を睨んできたので、勇者は碧の瞳を細めてその視線を受け止めた。
「アンタたちのそういうトコロ、うっかり壊したくなるぐらいスキだわぁ」
「光栄ですよ、破壊神」
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