LUNATIC

*27

「どうしたの?」

「バグからの電波妨害…みたいなものが…」

ポポの質問への返答も半ばに、慌ててガタガタとキーボードを叩き始めたマスター。解読不能な演算式が、凄まじいスピードで打ち出されていく。
一体何がどうなっているのか、見守るしかない他の面々には見当もつかない。良くないことが起こったことだけは確かだった。それはマスターの真面目な表情から窺い知れる。
と、唐突にメインディスプレイから演算式が消え、代わりに『ERROR』の文字が浮かび上がる。すぐ横のスピーカーからビーッと電子音が響いた。
それを無感動に見ていたマスターは、キーボードを打つ手を止め、一言「不味いな」と呟いた。

『な…何があったの?』

恐る恐る、ピカチュウが問う。マスターは振り返らずに答える。

「転送実行中にバグによる妨害魔法に遭い、転送プログラムが強制終了させられた」

「…どういうこと?」

と、サムス。それにようやく振り向いたマスターだったが、その元々白い顔が一段とやつれたようだった。

「転送が中断されたせいで、奴らが無事に“向こう”に着いたのか分からない。それと、暫く転送装置が起動出来なくなった」



果たして、魔王一行は大変な危機に面していた。本来なら一瞬で終わるはずの転送が、何故か終わらない。それがバグによる妨害だとは気付かないまでも、何らかの不手際であり、マスターの救済が望めないことは明白だった。

すかさずガノンドロフは背後のゼルダを振り返る。

「“フロルの風”で俺たちを目的地まで移動させろ。足りない魔力は俺が補助する」

「まぁ…命令しないで下さる?」

「早くしろ」

さすがのゼルダもそれ以上食い下がることはしなかった。彼女の能力にマルスやフォックスたち、それにその他の仲間たちの命運がかかっている。彼女も知恵のトライフォース継承者、そこまで愚かではない。
ゼルダは胸の前で手を構え、乱闘の時に使うものより広範囲にイメージを拡大し、対象の瞬間移動を図った。目的地が何処なのかは知らないが、恐らくこの転送装置の名残らしい魔力を辿れば大丈夫だろうと高を括る。
魔王の言葉は嘘ではないらしく、大人数を転送する為には足りないゼルダの魔力を、適切に補い補助に徹している。

「では、参ります」

小声で魔王に目配せし、ゼルダはフロルの風を発動させる。彼女の周りに寄り添うように集まる仲間たち。正直こんな人数の転送はきついが、やはり魔王の強大な魔力のお陰か全体としてはかなり負担は少なくなっている。

…今回だけは、礼を言いますわ。

そうゼルダは脳内でぼやき、魔法を維持する為に意識を集中させた。



一陣の風と共に舞い降りたのは、統一性皆無のコスプレ集団。老若男女、人間ですらない者もいる。
その内の一人、ピンク球ことカービィは、真っ先に跳ね起きて辺りをぐるりと見渡した。幸い近くに人影――或いは敵意あるもの――はない。当面の危険は無いものとし、カービィは安堵の溜め息を落とした。
彼以外のその他のメンバーは、フロルの風の影響で少々グロッキーになっている。――早い話が、皆乗り物酔い状態なのだった。

「…カービィ、君は平気なのかね」

マルスが青白い顔で問う。屈託のない笑顔を見せるカービィ。

「ほら、ボクって宇宙人だし」

「ああ…なるほど」

宇宙人には三半器官がないのか、とずれた見解を示す王子は放っておき、カービィは早々と復活したフォックスを見上げる。さすがパイロットと言ったところか。

「どうやら予定の位置からは少しずれたみたいだな…まぁ、結果オーライか」

一度ここへ来たことのあるフォックスは、ちらと辺りに視線をやってそう呟いた。彼らの降り立った場所はルーナの住宅街だった。バグやリンクたちがいるはずの商店街の広場から少し離れた位置になるので、地理的なことはフォックスの言う通りなのだろう。

バグはこの住宅街にその魔手を伸ばしてはいないようだった。実際は商店街、住宅街含めルーナ一体がバグによって亜空間に切り取られているので厳密に言えばこの表現は正しくないが、見た目だけは普通の建物が鎮座している。
そのような細かい事態を知っているのはマルスとガノンドロフ、ネス、そしてマスターの四人だけであるが。

「…困りましたわね」

眉間に皺を寄せていたゼルダが、唐突に言う。ようやく喋れるまでに回復したロイは「何が?」と問い返した。それにはゼルダと同じく険しい表情をしていたガノンドロフが答えた。

「終点との魔力の交信が途絶えている。先程転送が失敗したのもそのせいらしい」

『それってどういうことでしゅか?』

ネスの頭の上に収まっていたプリンが不安そうに視線を泳がせる。ネスはまだ青白い顔で口元を押さえていた。

「我々は終点に帰れないし、後続が此方に来れないということになる…ふむ、少々厄介だな」

魔王は剣呑な表情で顎に手を添えた。この魔王にそのような台詞を吐かせるのだから、事態は確かに厄介なのだろう。しかし王子の方は、常と変わらぬ朗々たる声音で陰鬱な雰囲気を断ち切った。

「まぁ、じっとしていても仕方がないし、そもそもマスターの話じゃバグは戦闘能力が高くないらしいじゃないか。幸い魔法攻撃の要になる魔王様もゼルダ姫もいる訳だし、僕らだけでもさくっとバグを倒すことが可能じゃないかな」

魔法攻撃として前線を張る必要のある魔王やゼルダは勿論のこと、今回先遣隊となったメンバーは屋敷内でも上位に食い込む強さの持ち主ばかりだ。マルスやガノンドロフ、カービィはその中でも頭一つ抜き出た強さを誇り、この三人がいるだけでも大概の有事は解決する。
自惚れではなく、このメンバーでバグを打破することが可能であると、軍神とさえ呼ばれた名うての参謀王子は確信していた。
それは知恵のトライフォースを受け継ぐ姫も、今回のリーダーを仰せつかっている魔王も同じようであった。

「じゃあ、皆で頑張ってバグをやっつけて、屋敷に帰ったらリンクの美味しいご飯をお腹一杯食べよう!!」

「よっしゃあ!今日はオムライスだッ」

カービィの雄叫びにロイが同調した。お子様ランチか、と突っ込みたくなる面々だったが、微笑ましい雰囲気に水を差すのも憚られる。

こっそりガノンドロフが「…味噌煮込みうどん…」と呟いたことは誰も知らない。


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