LUNATIC

*23

見慣れた蒼の王子が、廊下の角からふらりと姿を現した。

「呼んだかい?」

すぐその後ろから、ぬぅと巨体を現すのは魔王ガノンドロフ。それを認めたロイたちは、詰めていた息を同時に吐き出した。

「驚かすなよ…敵かと思ったぜ」

「無事なのね。てっきりやられちゃったかと思ってたわ」

「ははは、お戯れを。姐さんのような美人をほったらかして死んでしまっては、男が廃ると言うものだ」

「まぁ、私オバサンなのに嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「またまたご謙遜を。姐さんほどの美人、世の男共が放っておく訳ないでしょう」

ファルコの不平は鮮やか過ぎるほどスルーして、サムスとマルスは愉しげに話に花を咲かせている。無視されたファルコの肩をフォックスが叩く。ややファルコンがそわそわしているような気がするが、幸いそれに気付いていたのは一歩引いて成り行きを見守っていたガノンドロフだけだった。
一方ロイとネスは安心するやら拍子抜けするやら複雑な表情である。登場早々サムスを口説き倒す王子に向かって「心配してました」なんて、恥ずかしくて言えない。
それでも聡い王子は呆けたように立ち尽くす二人を認めると、人の悪そうな笑みを浮かべる。

「心配してくれたのかい?」

「なぁ!?あたっ…当たり前だろ!」

ロイの頬が仄かに朱に染まる。本当に心配だったんだからな、と口の中で消え入りそうな呟きを漏らす彼には、さすがのマルスも悪いと思ったらしく「ごめんね」といつになく真面目くさった顔で謝った。
一方、ネスの方は声を荒らげるでもなくただ目を見開いて王子を見上げている。黒い瞳は非難というより、驚愕に彩られていた。
その場にいた者は皆、そんな常とは違う彼の行動に首を傾げる。

――ネスなら真っ先にマルスに食ってかかるはずではないのか、と。

マルスはそうは思わなかったようだった。僅かながらに眉尻を下げ、苦い笑いを口の端に滲ませる。

「僕の心を――読んだね?」

そして何処か諦めたような口調でネスに問う。ネスは一瞬バツが悪そうに眉尻を下げ、視線をそらしたものの、小さくこくりと頷いた。マルスは大仰に溜め息を吐いた。

「君は…勝手に人の心を読んではいけないと、学校で習わなかったのかね」

「…読みたくて読んだ訳じゃない」

ネスとマルスの間で、てっきり普段の口での応酬が始まると思っていたロイたちは思わず面食らった。
その時の二人の声が、あまりに弱々しく震えていたからだ。

「…心を読む?マルス、どういうことだ?俺たちのいない間に何かあったのか?」

筋の通らない会話の断片に痺れを切らしたフォックスが、とうとう口を挟んだ。同じく咎めるような視線を向けるサムス、ファルコ、、ファルコン、ロイ。いつの間にやら地下室からがやがやとその他の面々まで出てきたので、マルスはネスを隠すように立ち位置を変えた。そして言う。

「大したことじゃない。崩れた広間の修正を、マスターに頼んだだけだ」

「本当か?」

「嘘なんか吐いてどうなる?」

依然疑うような眼差しを向けるフォックスに対し、涼しい声音でそう答える。が、いつもは自信に満ちた蒼い双眸がその時ばかりは伏しがちで、明らかに普段の王子らしくない。
それを見かねたのかどうかは不明だが、そこに至って今まで黙っていたガノンドロフがようやく口を開いた。

「こんなところで立ち話もなんだ。ひとまず食堂へ集まれ、話はそれからだ」

「それもそうね」

あっけらかんとそう返すのはピーチ。ちなみにピーチやマリオたちはリーデットの返り血にまみれているので、この場にいると酷く不可思議な感が否めない。恐らく彼女たち自身もだいぶ気分が悪いのだろうが、それよりも話し合いを優先させるつもりらしい。
結局、彼らは魔王と桃姫の提案に従って、ぞろぞろと歩き出していた。

マルスもその最後尾に続こうとするが、ネスがそんな彼のマントを引っ張ってとどめる。王子は盛大に顔をしかめた。しかし王子は少年の手を振り払うこともなく、その場で立ち止まって他のメンバーの姿が完全に廊下の端に消えるまで待った。

やがて、辺りが無人になったのを確認したマルスが振り返らずに問うた。

「何が聞きたいのかね」

酷く静かな声である。別段そこに怒気が含まれていた訳でもない。
しかしネスは思わず掴んでいたマントを手放し、半歩後退っていた。

「…ぁ、あったこと、全部」

それでも勇気を振り絞って王子の背中に食ってかかる。王子は長らく無言だった。
暫くしてゆっくりと振り向いたはいいが、彼はその蒼い瞳を剣呑に細めて短く呟いた。

「“全部”?」

常にない王子の機嫌の悪さに、ネスは背筋に嫌な汗が伝うのがよく分かった。彼が何に憤っているのかも分からないし、こんな王子など一度だって見たことがない。
マルスは怯えるネスを見下ろし、低く唸る。

「君は僕の心を読んだんだろう?だったら今更僕が説明しなくても、全部を知っているんじゃないのか」

刺々しい攻撃的な声がネスの耳に突き刺さる。少年は、見上げた王子の不機嫌のベクトルが己に向かっていることをようやく悟った。

「ぁ――…ぜ、全部を読んだ訳じゃないよ。少し読めちゃっただけで、あの…もしかして、勝手に心読んだの…怒ってる…?」

弁明の必要に駆られたような気になり、ネスはおどおどと言い募る。マルスはじっとネスを見下ろしていたが、やがて眉間に皺を寄せてそれを隠すように手を額に当てると、小さく首を横に振った。

「いや…すまん、君は悪くない。八当たりだ…」

「う…うん」

行動の全てが王子らしくない。ネスはこの一連の不可解な王子の挙動からそう結論付けた。
王子は常に冷静である。ネスのような子供に当たり散らすことなどまずない。ついでに言えば素直に謝ることも珍しい。つい先程バグの影響で鬱状態だった王子が誰の目にも新鮮だったのはその為だ。
そしてもう一つ、今の彼と常の王子の決定的な相違点――それは、彼がネスに心を読ませたことだった。

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