LUNATIC
*22
「…あら?」
地下室の低い天井と湿っぽい室内で身をすくめ、響く屋敷の崩落音を聞いていたゼルダだったが、その稀有なる力で感じ取った微かな異常に顔を上げる。腕の中にいるピチューははてなと首を傾げ、その隣にいたウォッチがピチューの思いを代弁するように問うた。
「ドウカシマシタカ、ぜるだサン」
聞き取りづらい片言にも嫌な顔一つせず、しかし麗しの姫君は可憐な仕草で顎に手を添え、やや考え込むように険しい表情を浮かべる。なおも答えを黙して待つウォッチに、ゼルダは天井――つまり上階を指差してみせた。
「ウエガドウカ?」
「はい、どなたかの激しい“想い”が上から響いて来るんです」
「どなたか…って、上に残ってるのはマルスとガノンドロフだけだよね?大丈夫なのかなぁ、あの二人」
「あれらがそう簡単にやられるタマか」
ゼルダとウォッチの会話に入って来たのは、ルイージとクッパ。この五人は食堂にいて一番最初に地下室に避難してきたメンバーである。
その後も続々とサムスら、ピーチ一行、お子様軍団とその保護者たちが避難して来た訳で、元々物置程度の機能しか果たしていなかった地下室は満員御礼、寿司詰め状態だった。
そんな中でこんな不穏な会話をしていては、仲間の不安を余計に煽ることになる。が、ゼルダが天然なのか故意になのか、すかさずフォローを入れてやる。
「二人ともまだご存命ですことよ。一応私、生体エネルギーの捕捉ぐらいなら出来ますから」
さらりととんでもない能力のカミングアウトをかますゼルダ。ゼルダすごーい、と地下室の反対側からカービィの声がした。それは無視して「で、でも」とキング・オブ・ネガティブの緑が声を張り上げる。
「まだ上にはリーデットもたくさんいるみたいだし…いくら二人が強くても、屋敷まで崩れ始めてちゃ…」
自分で言って恐ろしくなったのか、ルイージは「ひぃ」と短く悲鳴を上げた。一方ネガティブ発言を聞かされていたその他のメンバーは、非難するような目で彼を睨んだ。こんな時にそんなこと言うんじゃねぇよ、と。
しかしそうは思っていないらしいウォッチは、多分にからかいを含んだ調子で返す。
「ソウデスネェ、モシカシタラまるすサントがのんどろふサンハりーでっとニ襲ワレテ、ぞんびノ仲間入リヲシテルカモシレマセンネ」
「ひ、ひぃぃぃッ!」
「まぁ…マルスさんには気の毒ですけど、ガノンドロフがそうなったらお笑いですわね、うふふ」
「ぴちゅ?」
「ちょちょちょ!お前ら何怖い話してんの?!」
突っ込み不在の四人組の会話に、ようやく神(突っ込み)が救いの手を差しのべる。貧乏くじを引くとも言う。今回その役を買って出たのはマリオだった。
「あの二人がそう簡単にやられる訳ないだろ!上に残ってるのだって何か考えがあって…」
何とか盛り下がった地下室の雰囲気を持ち直そうと、懸命にそう説くマリオ。が、彼の言葉も半ばで消失してしまう。突然地下室にいた全員を妙な浮遊感が襲ったからだ。
「気持…悪…っ」
例えれば、ジェットコースターに乗った時のアレ。確かに床に足は着いているはずなのに、ふわふわとした力に内臓が押し上げられる。ゼルダと子リンはその感覚に耐えきれなかったようで、悲鳴を上げて蹲ってしまった。
余計パニックに陥る地下室の面々。一体この異常の原因は何なんだ、と誰かが叫ぶ。
が、それには思いがけず返事があった。
「魔法です!」
声の主は、真っ青な顔をして床に手を付いているゼルダ。
「強過ぎる魔法のせいで…皆さんは酔ったのと同じ状態にあるんです!」
また何故魔法のせいでこんな思いをしなければならないのか、と新たな疑問も生じるが、ひとまず得られた返答に彼らの混乱の極致にあった思考は急速に鎮静化していった。要するにこの中の大半の人間が魔法とは縁遠い存在なので「まぁ、魔法なら仕方ないか」みたいな諦めにも近い境地に達したのだ。
魔法を扱えるゼルダと子リンは、その影響を大きく受けてしまったのだと彼らが気付いたのは、また数瞬後。そのまた数瞬後には、奇妙な浮遊感は始まりと同じように突然消え去っていた。
「な…何だったんだよ…」
呆然と立ち尽くしたままにフォックスが呟く。それとほぼ同時にロイは身を翻して地下室の出口へと走り出していた。幾人かが彼の突然の行動に驚いて声を上げるも、彼は速度を緩めずに上階へと繋がる階段を駆け上り、その唯一の出口たる跳ね戸を押し開く。
「マルス!!」
扉を開けて一番に、ロイは仲間の名を叫んだ。地下室ではただ気分が悪くなるだけの魔法でも、屋敷の上階にいたマルスたちが安全であるという確証はない。もしかしたら外に敵がいるかもしれないということも、自分の身が危険に晒されるかもしれないということも忘れて、ロイは廊下に転がり出た。
「ちょっと、ロイ!戻りなさい!」
サムスが慌てて彼に続いて跳ね戸から顔を出して叫ぶ。が、その横からネスが飛び出し、ロイと並んで声を張り上げた。
「王子!おじさん!何処にいるの?!」
このまま放っておけば一人でマルスらを探しに屋敷へ繰り出しそうなロイとネスを、何とか取り押さえることに成功したファルコンとサムス。やや遅れて、ブラスターを構えたフォックスとファルコが四人を守るように並んだ。
「ったくテメェら、奴らが心配なのは分かるがもうちょっと頭使って動け!」
ブラスターの台座でロイの頭を殴り付けながらファルコが怒鳴る。ようやく我に返ったらしいロイは、涙目になりながら「わ、悪い」と呟いた。ネスは既にサムスからげんこつを食らっていた。
と、そこに第三者の足音が聞こえてきた。思わず身をすくめる面々。遊撃隊の二人がブラスターを握る手に力を込める。
コツコツとブーツの音を響かせて此方に向かってくるその足音は、とうとう彼らの眼前の角を曲がり――。
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