LUNATIC

*20

こうして子供たちとの合流を果たしたガノンドロフ一行だっが、階段を下りようとした彼らが目にしたものは、見るも無惨に崩落した広間の、変わり果てた姿だった。

「なんだこりゃぁ!?」

思わず悲鳴を上げるフォックス。階段も下半分が消失しており、奈落のそこへ直通状態である。

「おい、どうするよ大将」

ガノンドロフを見上げファルコが問う。魔王は僅かな逡巡を挟んでから、無言で手すり側のまだ無事な足場を示した。

壊れた広間を直すことは出来ない。とにもかくにも地下室で態勢を立て直すことが先決なのだ。

仕方なしに手すりを飛び越える面々。フォックス、ファルコ、あるいは子供たちが降りた程度ではなんとも言わなかった床板だったが、ガノンドロフがどすんと着地すると、頼り無さげにきぃぃと床板の軋む音がした。

「…中年太り」

「身長と釣り合っているから肥えている訳ではない」

不毛な言い争いを始める魔王と子勇者。それには構わずポポやナナ、ピカチュウとプリンを押すようにして走らせ、一路地下室へ向かうファルコとフォックス。そこで魔王は言い合いを切り上げ、二人の後を追うが。

「ぬ」

いくつ目かの廊下を過ぎた時に、ちらりと視界に入ったものの為に、魔王はその足を止めていた。普段の輝きを失い、埃っぽく鈍い色彩を放つ屋敷の中で不釣り合いな程の鮮やかな蒼。

「おい、こいつらを頼む」

ガノンドロフは抱えていた子リンを下ろすと、前を走っていたフォックスたちに一言叫び、返答も待たずに道を逸れて走り出してしまっていた。
勿論反駁するフォックスだが、魔王は完全無視を決め込みずんずん遠ざかっていく。

「…ったく!さっさと戻って来いよ!先に行ってるからな」

「僕は戻って来なくても気にしないからね」

『子リン!縁起でもないこと言わないで』

僅かな間に一気に放たれる仲間たちの憎まれ口にも反応せず、魔王は廊下の端に姿を消した。



「やはりお前か」

フォックスたちと別れた魔王は、目指していた蒼の元に到達するなりそう呟いた。言われた方ははんなりと笑んで頷く。

「そうだよ、僕だ」

そこにいたのは蒼き王子マルス。そして彼が立っているのは。

「ああ。マスターにちょっと用があってね」

ガノンドロフの怪訝そうな表情に気付いたらしいマルスは、己が前にして立っていた扉を示しながら、ことも無さげに言った。彼が示したのは、マスターのいる部屋――終点であった。
その王子の声は何処までも朗らかだが、しかし何故だか聞く者に言い知れない悪寒をもたらす冷たさがある。ガノンドロフはもう一度王子の曖昧な笑顔を見、彼の笑みが意味するところを忖度(そんたく)してみた。

人一倍頭の回る王子。崩壊した広間。そして創造神。

それらの関連性を突き詰めて、やがて行き着く結論とは。

「…まさか」

「ふふ、信じたくはないが、恐らく今貴方が思ったことは正しい」

魔王の呟きに、何もかもを見透かしたように答えるマルス。実際見透かしているのだろう、王子は淀みない口調で魔王の胸中を代弁さた。

「この屋敷はマスターの直轄地だ。ここがこの有り様だなんてことは、他の場所なんてもう消滅してるか崩壊寸前のはずさ。つまり、マスターの加護は既に世界全体には行き渡っていない。この世界は間もなく崩壊する」

あまりに衝撃的なことを、さらりと言ってのける。辿り着いていた結論とは言え、魔王は暫し王子の言葉に瞠目していた。そんな魔王の反応に、王子は耳障りの良い声で笑う。

「ははは、貴方でもそんな顔をするのか。これは面白い発見だ」

「笑い事か」

「勿論、笑い事なんかでは断じて、ない」

途端に真面目な表情になって、魔王と向き合う王子。彼は一歩終点の扉に近付いた。

「しかしだね、僕はこのまま世界を終わらせる気は毛頭ないよ」

刹那、眉目秀麗な王子の顔に暗く影が落ちる。

「…いや、世界ではない。僕にとっての“世界”だ」

「貴様…何を」

「あそこまで気付いているなら、僕が何を考えているかも分かりそうなものだが」

王子はついに笑顔を取り繕うことを止めた。ただただ無表情な男がそこにはいる。魔王は僅かにぞっとした。そして同時に、彼の考えていることを理解してしまった。

「…創造神が、この屋敷の秩序の維持だけに集中すれば、この屋敷は崩壊を免れる…」

魔王の呟きに、王子は感情のこもらない笑みを見せる。

「そう。だがその代償として、“ここ”以外の何処かは…」

「…崩壊する」

嗚呼――と魔王は心中で嘆いた。つまり、この王子が言いたいのは。

この世界の“その他”を犠牲にして、“この屋敷”だけを救う

今からそう創造神に進言すれば、多分この屋敷は助かる。しかし、それ以外の何処かで大勢の人が死ぬ――もしくは消滅することになる。
勿論そうしなければ遅かれ早かれ、この世界自体が崩壊してしまう。ここは創造神の居る世界の中枢なのだ。何より優先されて然るべきだ。だから王子の判断は合理的で、正しいとも言える。

しかしこの屋敷に住まう英雄たちは、その殆どが失敗や挫折を知らない。理想を理想と思わず、徹底的な善を貫いて正義の名を勝ち得た者が多い。
故に、そんな彼らならば「他人を犠牲にして自分たちが助かろう」とは言い出せないに違いない。特にロイやネス、マリオやカービィといった面々は真っ先に反対しそうだ。マルスもそう言った類の人物だったはずだが。

「僕はね、他の皆程出来た人間ではないのだよ」

魔王の不思議そうな顔に気付いたのか、王子は呟く。

「愚かで、浅はかで、傲慢…そして欲深い…ただの人間だ」

ほとんど囁くように言う。その表情からは、悲痛なまでの自己嫌悪の色が見てとれた。

「自分が助かる為になら、他人を見捨てることが平気で出来るのさ」

王子は痛々しい笑みを作って渇いた笑い声を漏らした。

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