LUNATIC

*19

ロイたちが去った直後の子供部屋は、非常に陰鬱な空気が流れていた。ロイの励ましのおかげで一時は冷静さを取り戻した子供たちだが、やはりこの押し潰されそうなまでの緊迫感には長く耐えるのは至難の業だったのだ。

「…私たち、これからどうなるの?」

いつもは至極明るいナナまでもが、こんなことを言い出す始末。余計に子供たちの気分は沈んだ。
さらに間の悪いことに、丁度その時リーデットもどきが窓を突き破って子供部屋に侵入してきた。同じ頃、マルスたちやその他の屋敷の住人もリーデットもどきの襲撃を受けていた訳だが、そうとは知らない子供たちの驚きもひとしおだった。

「な、なんでリーデット…?!」

「しかも…ぎゃあああ速い!動き速ッ」

『まだ入ってくる!窓塞いで!』

「いやーっ、来ないでぇ!」

『怖いでしゅ!動きの速いゾンビなんて反則でしゅ〜ッ』

阿鼻叫喚、まさに地獄絵図。
が、悲鳴や恐怖の言葉の割に順応力の高かった子供たちは、すぐさま侵入してきたリーデットを斬り、殴り、電撃を食らわして外に放り出した。クローゼットを(ナナが一人で)引きずって来て、壊れた窓を塞ぐことも忘れない。
ひとまずの平穏を取り戻した子供たちは、しかしその勝利の余韻に浸ることは出来なかった。

『こんなのが襲って来るなんて聞いてないよ!』

余計に己が置かれている事態に対する恐怖が増し、もはや我慢の限界を越えてしまったのだ。ピカチュウの悲痛な叫びに、その他の面々も頂垂れる他ない。
が、そこでプリンの囁くような声が上がった。

『プリン…プリンが、歌を歌いましゅ』

脈絡のない提案に、他の子供たちは首を傾げた。プリンが歌えば、それを聞いたものは寝てしまうではないか。暫く寝て、気を落ち着けろとでも言いたいのか――。

『いつもの眠たい歌じゃありましぇん、元気が出る歌でしゅ!プリンとっときの、“すーぱーあれんじばーじょん”でしゅよ!』

それだけを高らかに宣言したプリンは、仲間の制止を無視して歌い始めた。プリンを信用しない訳ではないが、催眠効果抜群との定評がある彼女の歌に反射的に耳を塞ぐ子供たち。勿論そんな程度で“すーぱーあれんじばーじょん”のプリンの歌を防ぐことは出来ないのだが。

『…あれ』

最初に普段と様子が違うプリンの歌に気付いたのはピカチュウ。
そのピカチュウの反応を見て、子リンも耳に当てていた手を下ろす。

「眠くない」

ポケモンの言葉ではなく人間の言葉で歌われる為なのか、旋律は普段のプリンの歌と同じだが、聞こえてくるプリンの声は別人のようだ。そして、それ以上に――。

「何か…この歌聞いてると気分が落ち着く」

「本当」

ポポとナナもとうとう耳を塞いでいた手を外し、心地良さそうにその目を閉じてプリンの歌に聞き入った。透き通るような歌声は小さすぎず、大きすぎず、しかし屋敷全体に均一に広がり浸透していく。

『…どうでしゅか?落ち着きましゅたか?』

いつの間にか歌を終えていたプリンが、呆然と歌に聞き入っていた仲間たちに問う。そこでようやく我に返った彼らは、思い出したように惜しみのない拍手をプリンに送った。プリンは照れ臭そうに笑って応えた。

「凄い…凄いよ、今の歌!何だか今まで怖がってたのが馬鹿みたいだ」

ポポが言う。それに同調するように子リンまでもが頷いた。

「そんなアレンジがあったなんて、プリン、君本当に凄いや」

『えへへん、もっと褒めるでしゅ』

『いくらでも褒めるよ、プリン!』

「ありがとう、元気出たわ」

皆に囲まれ、一躍注目の的になったプリンは、『ぷりゅ』と気合いの(?)掛け声を上げると、子供部屋の入口の扉を指し示す。

『元気になったのなら、何時までもこんなところに閉じ籠ってる訳にはいきましぇん!早く他の皆しゃんと合流しましゅでしゅ!』

「よーし、出発だぁ!」

『おーっ』



途端に活気付いた子供たちは、こうして先程の廊下まで来た訳である。が、その効果ももうほとんどなくなってしまったらしい。かくいうプリンも実は相当に参ってしまっていたが、この状況を打開出来るのは自分しかいないという使命感から、彼女はもう一度あの歌を歌う為に、体を震わせて大きく息を吸った――。

「あ、お前ら!こんなところに」

『ぷ?』

プリンが今まさに歌い始めるという段になって、廊下の端に唐突に姿を現したのはフォックスである。その後ろに、ファルコ、ガノンドロフが続き、三人は些か急ぐようにこちらに駆けてきた。
英雄といえどもやはり子供――頼れる大人の出現に、彼らの張りつめていた緊張の糸は途端に音を立てて切れていた。

『うわぁぁぁあん来るのが遅いでしゅ〜!』

「リーデットが襲ってきて怖かったよーっ」

「もうこんなに怖いの嫌ぁぁ」

大人たちの顔を見て途端に泣き出す子供たち。さすがに子リンは泣いてないが。
勿論今此処にやって来た大人たちは、このお子様軍団が情け容赦なくそのリーデットもどきをボッコボコにしていたなどという事実を知らない。まぁ、それはそれ、これはこれ。子供心はフクザツなのだ。

「あー、もう泣くな泣くな!煩い!」

面倒臭そうに怒鳴るガノンドロフ。隙を見て斬りかかろうとしてくる子リンの首根を掴んだ彼は、階下から響く何かの崩落するような音に顔をしかめつつ、大人たちが辿った道を顎でしゃくる。

「地下室へ行くぞ。そこで対策を練る」

「だってさ。お前ら走れるか?」

自分の腰辺りにしがみ付いていたナナを含め、ぐしぐしと鼻をすすっている子供たちに尋ねるフォックス。子供たちはすぐに立ち上がると、「うん!」と突き抜けるような返事を返した。

「なんでぇ、全然元気そうじゃねぇか。迎えなんか必要なかったんじゃないのか?」

ファルコがそう愚痴るも、その目は安堵の為か細められている。
ガノンドロフは子供たちの元気一杯な返事を確認すると、未だ斬りかかってきそうな子リンを脇に抱えたまま先に示した道を走り出した。その後を子供たちが追い、しんがりをファルコとフォックスが務め、彼らは地下室へ向かったのだった。

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