LUNATIC

*18

果たして、マルスの言う通り広間のまだ崩れていなかった部分――すなわちマリオたちが立っていた辺りの床板が、途端に軋むような悲鳴を上げた。そうしてその床がうねるように盛り上がったかと思うと、バキバキと凄まじい音を立てて絨毯ごと亀裂の奥底へ崩落していく。
何とか死に物狂いになって崩落区域から避難したマリオたちは、避難したその場で今しがた起こった事に対する視覚的情報を脳内に浸透させるのに相当苦労していた。
この屋敷は、創造神マスターの設計した建物である。マスターに建築の知識があるかは定かでないが、創造神の創るものに強度偽造などあるはずもない。あったとしても、その類稀なる魔力で補えばそうそう簡単に崩れるなんてことは起こらないはずなのだ。
そういう意味で、彼らは漠然と“屋敷の中ならある程度安全だ”という確信を抱いていた訳だが。

「君たち、無事か?!」

「あーっ、マルス!ロイ!ネス!」

階段の手すりを飛び越え――階段も下の二、三段が床の崩落に引きずり込まれて消失している――マルス、ロイ、ネスが彼らの元にやって来た。この三人も、マリオたちが聞いたのと同じ轟音を聞き付けて広間にやって来たのだった。半ば放心状態な他の面々に代わって、ホバリングで難を逃れていたカービィがネスの頭上に着地しながら答える。

「危なかったけど、マルスのおかげで皆助かったよ〜」

「まったくだ」

やや憤慨した様子の王子は大仰に頷いてマリオたちを睨んだ。ヨッシーが気の抜けた声で「ごめんなさいですぅ〜」と謝ると、しかし彼は詰めていた息を吐き出すように溜め息を漏らした。

「それにしても…何なんだよコレ。屋敷まで壊れるなんておかしいだろ」

十分に崩落部分から距離を取りつつ、ロイが辺りを見渡そうと首を伸ばす。今はまだ大丈夫そうだが、亀裂は床だけでなく壁にも走っている。このままでは屋敷全体が崩れるのではないかという不安もあった。

「どうすんだ、コレ。地下室に逃げても屋敷が崩れたんじゃあ意味がねぇ」

ようやく復活したらしいファルコンが立ち上がりながら言った。それに答えるようにピーチが続ける。

「それじゃあひとまずお外に出た方が安全ね」

「いや、外も中も大して変わらないよ」

それを遮ったのはネスだ。少年は先程自分たちが見た屋敷の外も秩序の崩壊の為か、普通の自然が存在していなかったことを伝えた。次いで、リーデットもどきが外にいる可能性もあるということを彼らは思い出した。

「どうすりゃいい…?」

悩んでいる時間は、恐らくほとんどないのだろう。彼らの耳には床の軋む嫌な音が確かに届いていた。

「……馬鹿な」

そんな中で、唐突に王子が囁いた。それは誰かへ向けられた言葉ではなく、王子自身が導き出した結論に対する驚きの呟きだったらしい。彼はその呟きについての説明を一切なさず、しかし普段見せないような蒼白な表情でロイとマリオを見た。

「なんなんだ?」

即座にマリオが問い返す。王子は唇を僅かに動かすが、結局その言葉は呑み下し、いつもの凛とした余裕すら窺える笑みを美麗な顔に貼り付けてそれまでの動揺を隠してしまった。
そして、彼が言うことには。

「僕がなんとかしよう。君たちは先に地下室に行きたまえ」

「な…何考えてんだ、お前?!」

「一人で何とか出来るレベルはとっくに越えてるでしょ!」

「そうですよ〜」

マルスの無謀と言える提案は、即座に仲間たちの反対の雨あられに晒されることになった。この場にいる英雄は、仲間の実力を信頼しているが、同時にその限界もよく理解しているのだ。マルスは確かに強い。しかしその強さはひとえにその剣技によるものだ。彼が魔法使いならいざ知らず、ただの剣士に今の状況を打開出来るとは思えない。
しかしマルスはその微笑を崩さなかった。

「僕は嘘は吐かないよ。必ず“なんとかする”。だから先に行ってくれ」

言葉遣いは柔らかいが、王子の口調は何処か有無を言わさぬ鋭いものがあった。まだネスやカービィは不満げな顔をしていたが、マリオとロイが「分かった」と大人しく引き下がると、それ以上王子に反駁する者はなかった。
マルスはにこりと笑った。

「じゃあ、また後で会おう」

その場で手をひらひらと振り、王子は暫しの別れの言葉を吐く。どうやら早く行けと言いたいらしい。マリオたちはお互いに目を合わせたが、何ら解決策がある訳でもなくマルスの言葉に従って逃げるしかなかった。
最後まで何度も何度も振り返っては王子のことを心配そうに見つめていたネスは、とうとう廊下の角を曲がってその姿が完全に見えなくなる段になって、くるりと体の向きを変えて王子と向き合うと、大声で叫んだ。

「足の骨、折れろ!!」

それだけ言ってネスはさっと廊下の角から姿を消す。呆気に取られたように固まるマルス。苦笑を隠しながら、ネスと同じく廊下の角に消えるマリオたち。
彼らの姿がまったく見えなくなった時、ようやく王子は一つ苦笑を漏らし、その足を地下室とは反対方向へ向けたのだった。



少し時間は遡り、広間が音を立てて崩れ始めた時のこと。

「きゃあ!な、何!?」

二階にある子供部屋から階下へ向かう途中の廊下にいた子供たちは、突然響いた轟音に驚き、廊下の真ん中に固まって沈黙した。勿論彼らがすぐさま状況理解に至るはずもない。続く轟音と危なげな屋敷の揺れに身をすくませ、立ち止まることしか出来ない。

『なんで…なんでこんな…』

しゅんと尻尾を垂らし、頂垂れるピカチュウ。今までは何とかお互いに励まし合い、支え合いながら来たものの、どうやらここら辺が限界らしい。ポポやナナも座り込んでしまっている。それを見た子リンは、しかしそんな彼らに何と声をかけるべきかも分からず、残ったプリンに視線を移し、懇願した。

「プリン、もう一度あの歌を歌って。“さっきみたい”に、僕たちを助けて…!」

『任せるでしゅ』

その懇願を受け、プリンは大きく息を吸った。

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