LUNATIC

*15

どうしたら良いのか。自分に何が出来るのか。

けらけらと壊れたように笑い出した王子と、蹲って啾啾と泣いている少年に挟まれ、ロイはまさにパニック寸前だった。
マルス一人なら、ネス一人なら、ロイにも正気を取り戻させることが出来たかもしれない。が、この二人が同時にこの状態になられては、さすがのロイも為す術がなかった。

「俺に…どうしろってんだよ…」

パニックも最高潮になったロイが、正気であることを放棄しようとしたちょうどその時。

『――“Sleep peacfully...Before the night is far advanced...”――』

ふわり、と柔らかな旋律に乗せられて、透き徹った歌声が屋敷に響く。殺伐とした屋敷の空気に余りにそぐわない穏やかな歌声に、ロイは勿論、マルスもネスも顔を上げて沈黙した。
伴奏も何もなく、ただ肉声のみであるはずのそれは、しかしはっきりの彼等の耳に流れ込む。

『――“Have a pleasant dream...Let me see a peaceful look on your face...”――』

澄み渡る泉の如き透明な歌声。実はこの瞬間この歌に聞き惚れていたのは、彼ら三人だけではなかった。襲撃のせいで混乱の極致にあった全ての屋敷住人がこの歌を聞いていた。

『――“If you can't get to sleep,I'll sing a song for you...If you feel lonely, I'll embrace you trenderly...”――』

今までの刺々しかった感情が、急速に萎れていくのをロイは確かに感じていた。何かを悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなる程である。

『――“Don't be scared of the darkness...Call me,call me...”――』

とうとう歌声が止んだ。しかし暫くその残響が屋敷に響き渡り、彼らの耳に心地よい旋律が残る。
とさり、とマルスが床に尻餅を付いた。ややぎょっとして王子を振り返るロイ。が、ロイの予想に反して王子は、苦笑を浮かべてロイの視線に応えた。

「マル…」

「大丈夫だ」

手を上げて公子の言葉を遮る王子。それから彼は涙に頬を濡らす少年に視線を移す。少年は真っ直ぐその眼を見つめ返した。
マルスは再度苦笑し、口を開く。

「ネス君、僕は――」

「ごめん」

「…君、僕が謝る前に謝るとは何事だ」

マルスが不服そうに口先を尖らせる。が、ネスはごしごしと目元を手の甲で擦ると、今度は涼しい表情でにぃと口角を吊り上げた。

「謝るなんて、アンタらしくない。僕はアンタの謝罪より、憎まれ口の方が聞きたいよ」

不敵に笑む少年を見つめ、呆気に取られたように口をぽかんと開けている王子。彼は一度額に手を当て、はぁと溜め息を吐くと、非常に倦怠感溢れる様子で問うた。

「…君は…マゾヒストか」

「なんでそうなるの!?そんなこと一言も言ってないじゃん!!」

不敵な笑みを一変させて、憤怒の表情に変える少年。彼は立ち上がって王子の言を否定したが、当の王子はのんびり座ったまま余裕めいた顔で続けた。

「要するに、いつものように僕に言葉でなじられたいのだろう。君にそんな倒錯的嗜好があったとは、実に興味深い発見だよ」

「ばっ…ちが…!!つかいつも僕のことなじってるつもりがあったのか、やっぱり!そういうアンタはサディストだろーがッ!アンタの方がよっぽど人間的にひねくれてるでしょ!」

「僕は万人の上に立つ選ばれし人間だ。故に僕がサディストな訳ではなく、全ての者がこの僕にひれ伏す義務があるというだけの話だ!」

「あああぁぁ!何なのこの馬鹿王子の帝王学!?ちょっとロイ、何とか言ってよ!」

「んー…まぁ、お前ら元気になって良かったな」

それまでヒートアップしていたマルスとネスは、ロイの安堵の笑みと共に漏らされた一言に沈黙した。ネスはバツが悪そうにもじもじとしながらも消え入りそうな声で「ごめん」と呟き、マルスもようやく立ち上がり、俯くロイの頭をくしゃりと撫でた。

「君にも迷惑をかけたね」

「…子供扱い…すんな」

反抗的な言葉とは裏腹に、公子は大人しく王子に頭を撫でられている。それを柔らかな笑みで見届けてから、王子は思い出したようにネスに向き直ると、同じように少年の頭にもぽすりと自分の手のひらを乗せた。一瞬少年の顔に赤みが差す。その細い右腕が王子の手を振り払おうと伸ばされるが、それより早く王子が口を開いた。

「謝らないよ、君がああ言ったから」

伸ばされた少年の腕が、中途半端な位置で止まる。

「だが、一つ言い訳させて欲しい。僕は確かに人殺しだが、死んで当然の人間がいるなどとはついぞ考えたことがない」

「………」

僅かな沈黙を挟み、結局ネスはマルスの手をはたき落とした。ロイが頼り無さげに少年の名を呼んで彼を呼び止めると、ネスはマルス、ロイに背を向けたまま怒鳴った。

「…ッ知ってるよ!」

少年の怒鳴り声に瞠目する二人の青年。平時であれば、さぞ滑稽な状況であったに違いない。
しかしその時当事者たちは、全くそれらの事象を鑑みることはなかった。

「二人が辛い思いをしてたってことぐらい…知ってるよ…ただ、僕が世間知らずだったんだ…」

尻すぼみになるネスの言葉を聞きながら、ロイ、マルスは眉尻を下げてお互い顔を見合わせた。それから二人は肩を震わせる少年を見下ろし、深く溜め息を吐いた。
その溜め息にネスは不安げに振り返る。しかし振り向いた先の青年二人は、穏やかな微笑を浮かべていた。

「君は十分世の中を理解している」

王子が言った。その言葉を次いで公子も口を開く。

「ネスは誰も殺さずに世界を救った…それは誇りこそすれ、卑下することでは、絶対ない」

「でも…僕、僕は…」

「自分に自信を持ちたまえ、ネス君。君の為し得た功績は、他の誰にも真似出来ない」

ロイの言葉に弱々しく反駁しかけたネスだったが、マルスが最後にそう締めくくると唇を噛んで俯いた。不覚にも、少年は再び目頭が熱くなるのを感じていた。

「…何さ、そんなこと初めから知ってたよ…」

苦し紛れに吐いた少年の言葉に、王子は「そうだろうね」と笑って頷いた。

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