LUNATIC

*12

何とか笑いの発作を乗り切った子供たちだったが、そんな彼らの胸中に次に浮かんだのは、やはり何かがおかしいという居心地の悪さだった。

異常な緊張状態に追い詰められることで現れる、仲間の意外な一面。
それは新たな個性として受け止めるべきか、或いは――。

『いくらなんでも、変じゃない?』

異常が呼ぶ狂気か。
意外性も度を越せば異常である。子供といえども、英雄たる彼らはその辺りの区別はきちんと出来ていた。

そして、どこまでも冷静な電気鼠ピカチュウは、どうやら後者で受け取ったらしい。彼はくりくりとした黒い瞳でマルス、プリン、ロイを順に見やって言った。

『皆、普通じゃなさ過ぎるよ。今は確かに大変な時だけど、そこまで皆の精神状態が不安になってるなんて、少し変だ』

「…言われてみれば」

子リンもそれに同調して呟く。マルスとプリンは「そうかなぁ」と首を傾げるが、ロイははっとしたように声を上げた。

「秩序の崩壊…」

その呟きに、ピカチュウは意味ありげに頷いた。

『秩序の崩壊は、人の平常心まで壊しちゃうのかもしれないね。マルスとプリンはバグの近くにいたから、その影響が強かったんじゃないかな』

「バグの…影響」

口の中でマルスが繰り返す。それから青白い顔をみるみる朱に染めると、突然床に頭を打ち付けて叫んだ。

「ッ――僕としたことが!!」

『マ、マルスしゃ…』

「この完全完璧、唯一無二、生きる芸術である奇跡のスターロードの僕が…ッ、僕ともあろう人間がバグだかなんだか分からない相手如きに引けを取るとは!!なんたること…まさに不覚!」

「…あー…とりあえず、元気になったなお前」

何の前触れもなくハイになった王子を前に、たじたじとするしかないプリン。また先程のような負の感情が吐露されるのかと一瞬身構えた面々は、しかし平時と変わらぬ自己愛に満ちた少々ウザいマルスの口上にやや安堵した。無論、その後のロイの台詞には、安堵よりも多分に呆れが含まれていたことは明白ではあるが。
ある程度マルスのトランス状態が治ったところで、ロイは再び口を開いた。

「そんだけ元気になったなら、おっさんのところに顔見せに行こうぜ。俺もネスも、その為に来たんだし。な、ネス」

ネスを見やるロイ。しかしネスは大仰に顔をしかめて首を横に振った。

「僕はそんなつもりじゃなかったもん。第一、僕のノルマはもう達成したし――」

「お前じゃなきゃ出来ないことがあったから、おっさんはお前を指名したんだろ」

「…分かったよ」

ロイに焚き付けられた――のかなんなのかよく分からないが、不思議と反論の出来なかったネスは渋々というように頷く。それを確認したロイは、マルスとネスをほぼ引きずるようにしてプリンたちの部屋を後にしようとした。が、出口の前で立ち止まると、唖然として彼等を見送ろうとしていた子供たちの元まで戻ってきて、彼らと視線を合わせる為に床に膝を付いた。

「ロイ…」

それまで黙っていたポポとナナが、不安げに声を上げる。若き獅子はそれを手を上げて制し、子供たちを安心させる為か、にかっと綺麗に並んだ歯列を見せて笑った。

「不安なのはよく分かる。屋敷の中も、もう安全じゃなくなるかもしれない。だから、一人では行動するんじゃないぞ。誰かと一緒に、励まし合って、補い合って、この危機を乗り越えるんだ」

何処か頼りなさげに視線を泳がせているポポの頭に手を乗せ、「お前らなら出来るさ」と力強く頷くロイ。それにつられて、子供たちはようやく笑みを覗かせた。
その様子を見ていたマルスがひょうと口笛を吹く。ロイは苦笑しながら立ち上がってマルスたちの元へ戻ってきた。そのロイに向けて、マルスが言う。

「君が何故将軍などといういかつい称号を背負っているのか、今改めて理解したよ」

「…それは暗に俺を貶めているのか?」

「いや、褒めているんだよ」

嬉しげに蒼の双眸を細める王子は、慈しむように公子を見つめた。

「君は将来化ける。君が如何な国を造り上げるのか、是非とも見てみたいものだ」

思わぬ王子の賞賛の言葉に、ロイは照れ臭いやら驚くやらで言葉が出ない。ふと彼が視線を巡らせれば、ネスもあんぐりと口を開けて王子の顔を穴が開くほど凝視していた。

「…さて、じゃあ行くか」

それを全く意に介せず、マルスはツカツカと歩き出してしまう。先を行くマルスに聞こえない程度の声で、ロイは隣に並んだネスに呟いた。

「…アレも、バグの影響か?」

「分かんない…けど」

顔を見合わせる公子と少年。

「調子狂う…っ」



魔王を探すとは言っても、広い屋敷の何処に彼がいるのかは全く見当が付かない。あれだけ忙しそうに色々指示を出していたから、まさか部屋で休んでいるということもないだろう。かといって魔王がエプロン姿で食事の準備をしているとは思えない。
とりあえず、先の食堂に戻るということでマルス、ロイ、ネスの見解は一致し、三人はネスを真ん中にして並んで歩いている。今頃屋敷の多くの人間は家事やらなにやらに追われて忙しいはずだが、それが嘘のように廊下は冴え冴えとした沈黙のみが蔓延っている。
しんとした長々と続く廊下を、目的地目指してただ黙々と歩くのは少々つまらない。そう思ったネスは、会話を捻り出そうとして廊下に面した格子窓を見やった。
しかし思惑とは相反し、少年は絶句する。

「そ…外が」

何とか絞り出したネスの声を聞き届けたマルスとロイも、立ち止まって少年の視線を追う。そして同様に愕然とした。

「な、んだコレ…」

彼らの眼前、格子窓のガラス越しに広がるはずの青々とした緑の丘は、何故か姿を消していた。

変わりにあるのは何処までも続く命枯れた不毛の土地。カラカラに渇いた地面は、本来あるはずの豊かな土壌の名残など一切なく、まるで太古の昔からこの地が単色で塗り潰された荒地だったかのような錯覚さえ覚える。
屋敷を囲むように生えていた背の高い広葉樹の林も、まったくの禿げ山である。まばらに立つそれらの幹は、いかにも細々として今にも死にそうだった。

「…なんで、こんな…いつの間に…!?ついさっきまでこんなんじゃなかったはずだろ!」

誰にともなく叫ぶロイ。当然それに対する答えは無かった。

[ 13/44 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -