LUNATIC

*10

ロイは、マルスを探して屋敷を奔走していた。あのお騒がせな王子は部屋には戻らず、何処かへふらふらと出かけてしまったらしい。
外に出ている――ということはないだろう。ならば彼が赴きそうな場所は。

「あそこかな…」

果たして、ロイの予想は当たっていた。彼が向かった先はリンクの部屋だった。その部屋の扉に背を預け、彼の探し人は、体操座りよろしく膝を抱え虚ろな表情で座っていた。

「マルス」

返事がない。ただの屍の――とまではいかないが、抜け殻のようになっている。ロイは彼の正面に立って、その前で手を振ってみた。ようやくマルスが顔を上げた。

「…何だい」

「何って…その、アレだよ…ほら」

「一人にしてくれって言ったろ」

「う…でも」

「放っておいてくれ」

マルスは蒼の瞳を細めてロイを睨んだ。哀れな公子はその威圧感にたじたじと後退る。やはりロイでは、マルスに対抗出来ないのか――。

「放っておく訳にはいかねぇんだ」

すんでの所で踏み止まった公子は、凛とした声で返した。群青の瞳は、かつて大軍を従えたという将軍にふさわしい覇気を放っている。思わぬ彼の反応にマルスは僅かに眉をひそめた。

「君には、関係ないだろう?」

「そう思ってるのはお前だけだ。皆はお前の心配して余計な気ィ使ってんだぞ」

王子の眉間にさらに深い谷が刻まれる。次に形の良い王子の口から出た言葉は、明らかに怒気を孕んでいた。

「僕は心配してくれなんて頼んでない」

普段のロイならば、そんなマルスに逆らうというような冒険は冒さない。しかしこの時ロイは、マルスと同じく眉間に皺を寄せ、その拳を固く握り締めた。

「お前…それ本気で言ってるのか…!」

「冗談なんか言ってるように聞こえるかい?」

「…の野郎…ッ!」

がっと凄まじい音がして、次の瞬間にはマルスの胸ぐらをロイが掴んで思いきり壁に叩き付けていた。一瞬痛みに顔をしかめるマルスだが、すぐさま蒼い双眸で赤髪の公子を睥睨する。ロイは、肩で息をしながらマルスを睨んでいた。

「――放せ」

王子が命じる。ロイは動かない。さらに腕に力を込め、歯を食いしばったまま漏れるような息を吐く。

「…プリンが、マルスの機嫌が悪いのは自分のせいだって大泣きしてたんだ」

ロイの指摘に、マルスは軽く目を見開いて沈黙した。ロイは続ける。

「不安なのは皆同じなんだ。そうでなくともお前の一挙一動は皆に大きな影響を与える。或いは誤解もな。…それが分からない訳じゃないだろ」

「……」

王子の瞳が微かに揺れる。それでも沈黙を破るには至らないようで、仕方なくロイはもう一度口を開いた。

「それでも…仲間を見捨てて逃げた自分が、そんなに憎いのか」

「…当たり前だ…!」

やや視線をそらし、王子は苦々しげに呟く。その表情に浮かぶ激しい自己嫌悪の色。初めて目にする王子の毒々しい激情の顕在化に、ロイはしばし言葉を失った。

他人を犠牲にして自分が助かった。祖国から落ちるときもそうだった。
今回も、より多くが助かる為に、仲間を見捨てて来た。そんな自分が嫌で、情けなくて、どうしようもなく憎い。
頭では分かっている。彼らはまだ死んでないし、今から助けに行けばいいだけの話だ。だけども、どうしても自分が許せない。何故己だけはこうして安全に生き長らえているのか。――今も、昔も。

しかし、これらのマルスの内情はロイに知れることはなかった。マルスは自身より年下で、かつ同じロードのロイにそんな弱い部分は隠しておきたかったのだ。
だが、ロイはマルスが自分に与える情報を制限していることに薄々気付いていた。

「…辛いんだったら、きちんと話してくれればいいじゃないか」

勿論王子の見栄っ張りな性格を知るロイは、彼がそれをしないことをよく理解しているが。

「俺だって、お前が何を悩んでるのか知りたいよ」

口で言われなきゃ分からないことの方が多い。あるいは、リンクなら他人の感情の機微に敏感だから、マルスの悩みも理解できるのかもしれない。が、ロイは例え理解出来たにせよ、マルスの口からその悩みを聞きたかったのだ。

「それとも…リンクじゃなきゃ喋れないことなのか?俺には、リンクの代わりは出来ないのか…?」

「違――」

こんな卑屈なことを言ったって、何の解決にもならないことはロイも分かっていた。しかし、マルスを焚き付ける為に――そして心の奥深くにあった彼自身の不安を除く為に、彼はこの言葉を言わずにはいられなかった。
マルスは溜め息を吐いて俯いた。

「それを言うのは…卑怯だ。ロイもリンクも、代わりなんていない。僕の大事な仲間だ」

「だったら」

「それとこれとは話が違う…」

「いつまでつまらない見栄張ってるつもりなの?」

ここで突如第三者のソプラノボイスが割り込む。マルスとロイが声の主を見やると、彼は面倒臭そうに首を傾げた。
そこに立っていたのは、赤い野球帽の少年――ネスだった。
少年は腰に左手を当て、残った右手で王子を指差す。

「なにごちゃごちゃ考えてるのさ、アンタらしくもない」

ごちゃごちゃ、と聞いたマルスが僅かに顔をしかめる。

「こういう大変な時ぐらいしか役に立たないんだから、しっかりしてよ」

しかし、“しっかりしてよ”というネスの言葉に、マルスの眉間に寄っていた皺が薄れた。形の良い眉をハの字に下げ、脱力したように壁に頭を預ける。

それから王子は、白く細い腕で整った蒼髪をぐしゃぐしゃと乱した。

「…まったく」

それだけ言うと、マルスはロイの腕をほどいて廊下の中央に歩み出た。
眉目秀麗な顔に僅かな倦怠感と憂いを滲ませ、しかし口元には不敵な笑みを浮かべて少年と公子を振り返る。

「二対一など卑怯だとは思わないのかね?」

「何と言われようが構わねぇよ」

「勝てば官軍」

同じく不敵な笑みで答えるロイとネス。マルスも口先ばかりは不満を述べるが、その顔には楽しげな色が濃い。

「…よかろう。バグだろうと魔王だろうと、このアリティアの王子マルス・ローウェルが踏み潰してくれる」

その言葉を聞き、ようやく素直にロイが相好を崩す。マルスはそんなロイを見やると、改めて苦笑した。

「今回は、僕の敗けだね」


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