LUNATIC

*9

ロイが去った後、ガノンドロフは残りのメンバーにも様々な指示を下していった。攻撃の要とは言ったが、彼は今回のリーダーまでもを引き受けるつもりなのか――という野暮な質問は誰一人せず、魔王のてきぱきとした指示に従っている。多分魔王は自分から率先して重役を担おうとしていることに気付いていない。勿論そこにあるのは仲間を案ずる気持でも、魔王を自負する己の自尊心でもなく、彼自身の律義な性格だった。

大方のメンバーは家事に回されていた。リンクはこの屋敷の家事をほぼ一人でこなしていた。故に彼がいなくなった今一番心配しなければならないのは食事の準備だ。そんな訳で三分の二ほどのメンバーが食事の準備に割かれ、残りは洗濯や掃除など諸々の作業となった。
皆に指示を出し終え、ガノンドロフはネスを連れて人気のない廊下に出た。少年は長らくほったらかし状態だったので、やや不機嫌そうな顔をしていた。

「何さ、おじさんから僕に話なんて珍しい」

会話の口火を切ったのはネスであった。ガノンドロフは彼を見下ろし、うむと唸る。どうやら慎重に言葉を選んでいるらしい。

「…お前に頼みがある」

そしてガノンドロフは驚くべき発言をした。ネスは瞠目し、居心地悪そうにその場で立ち方を変える。

「な…何、それ」

「俺の見る限り、お前にしか出来んと思ってな」

「前置きはいいよ。一体何を?」

ネスはやや不安に駆られながらも果敢に問い返す。魔王は少年の黒い真ん丸な瞳を見た。

「ふてくされた王子を何とかしてくれ」

その黒い瞳は、さらに大きく真ん丸に開かれた。少年の普段は毒を吐く小さな口は、余りの衝撃にか半開きとなったまま動かない。

「…は…?人選が理解出来ないんだけど…」

「お前か赤毛か、或いは勇者が適任だと思っている。生憎勇者は居ないし、恐らく赤毛だけでは力不足だ」

「いやいやいや、それにしたって理解出来ないし。ってゆーか何?それって僕があの王子と仲良しだとか思われてるってこと?」

「そうだが?」

「ふざけないでよ!!」

ネスが激怒して叫ぶ。ガノンドロフは呆れたように額に手を当てたが、ネスは絶叫を止めようとはしなかった。
人気のない廊下にガンガンとネスの声が反響する。

「あのバカ王子と僕が仲良く見えるなんて、おじさん視力大丈夫?目玉くりぬいて集中ヒーリングかけてあげようか?第一、僕はあの王子が大っ嫌いなの!分かるでしょ、喋ってるだけでムカつくの。そのくせ変な所で弱味見せるし…本当、僕にどうしろって…」

ネスの叫びは、しかし次第に弱まっていく。が、やはりぎっと眉を吊り上げると、魔王に向かって怒鳴った。

「とにかく!僕はそんな頼み聞かないから!」

「では、王子は使い物にならんままだぞ」

魔王の静かな指摘に、ネスは幾分冷静になったのか怒鳴るのを止めた。これ幸いとばかりに、今度は魔王がまくし立てる。

「確かに王子はいろいろと性格に難があるが、戦場においてはあれほど役に立つ男はおらん。あやつが本調子でなければ、勇者共を助ける前に此方が全滅する」

少年は反論しようと口を開くが、結局グウの音も出ないようで沈黙している。なんとか苦し紛れに放たれたのは、答えの分かりきった問いかけだった。

「なんで…僕が」

「お前しかいないからな」

それでもネスはまだ首を縦に振ろうとはしない。ガノンドロフは一つ溜め息を落とし、「言い方を変えよう」と呟いた。

「命令だ。王子を何とかして来い」

「…そんなんで…はぁ、もう、分かったよ…命令なんでしょ、だから“仕方なく”行ってあげるよ」

ついに折れたと見えるネスは、赤い野球帽を被り直すと魔王に背を向けすたすたと歩き始めた。その背を見送りながら、ガノンドロフはもう一言続ける。

「王子の部屋は反対側だ」

「わっ…分かってたもん!」

慌てて方向を切り返して来る少年。彼は小走りに廊下の暗がりに吸い込まれて行った。

ネスが去って、一人廊下に残されたガノンドロフは、そのまま他の仲間の家事の手伝いに行くような愚行はせず、真っ直ぐにある部屋を目指して歩き始める。彼が向かったのは、マスターのいる終点だった。



「おや、いらっしゃい」

終点は、その他の部屋と同じように扉から入る。しかしその先には質量保存の法則を無視した無限に広がる世界が広がっている。皆が終点と呼ぶのはその無限の世界に僅かにある足場のこの空間のことであり、そこにはうず高く積まれた精密機器の類が所狭しと並べられていた。
一体何処から配線を引いているのか分からない電気コードを踏み越えてやって来たガノンドロフを振り返ることなく、その精密機器のメインであるコンピュータに向かうマスターは言った。その口ぶりは彼が来ることを予想していたようである。魔王は人知れず額に皺を刻んだが、声には普段通りの不機嫌さのみを乗せて答えた。

「貴様の話――この世界の成り立ちについては、成程相分かった」

「良かった。君たちの物分かりが良くて助かるよ」

マスターは依然として機器と格闘している。時々ビーッと妙な警告音のようなものがディスプレイに備え付けのスピーカーから発せられた。

「…世界の歴史を、全て造ったというのは」

「本当だ」

ガノンドロフの低い声にすぱんと回答を寄越す創造神。魔王はますます眉間の皺を深くして、問うた。

「我々の大地も、貴様のお遊びに付き合わされているだけなのか」

マスターの動きがぴたりと止まる。しかし魔王を振り返りはせず、「それは君たちの祖国のことを言ってるのかい?」と尋ね返した。魔王が肯定の唸りを上げると、マスターはようやく魔王を振り向いた。

「違うな。君たちの歴史は私の管轄外だ」

「…ならばいい」

珍しく安堵したように溜め息を吐く魔王。マスターは興味深そうに首を傾げた。

「もしそうだったら、どうしていたと?」

マスターの視線を受けて、ガノンドロフは魔王にふさわしい邪気と殺気を孕んだ笑みを浮かべ、拳に紫炎を纏わせる。

「神殺し…だろうな」

――刹那、創造神が戦慄したのは言うまでもない。

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