LUNATIC

*8

「…仕方ない。今回だけは引き受けてやる」

尊大な態度の戻ったガノンドロフは、しかし腕にプリンを抱きながらそう言った。いまいち決まらないなぁ…と哀愁に満ちた視線でそれを見守る仲間の存在に、果たして彼はその時気付いただろうか。

「そう、助かるよ。ちなみに私はバグ相手じゃ足しか引っ張らないし、世界の秩序の維持に集中したいから、終点に残って君たちを応援してるよ」

先までのシリアスな話は何処に行ったのか、マスターはまるで語尾に星マークでも付けそうな軽い調子で重要事項をさらりと告げる。その緊張感に欠ける様子を叱り飛ばすべきか、場を和ます為のマスターの配慮なのだと友好的に受け取るべきか悩んだ末、ロイは後者だと決め付けて創造神の次なる言葉を待った。
マスターは、また言葉を続けた。

「それと、この屋敷の外は今秩序が乱れまくってるから、私の調整が終わるまで外出…出撃も控えてくれ」

――それも、結構重要な――。

「いつ頃目処が立ちそうだい?」

それまで異常に静かだったマルスが初めて口を開く。幾人かはその覇気のない声音に驚いたように王子を振り返った。
マスターはちらりと食堂の壁紙時計を見やった。そして、呟く。

「明日の朝には…」

「朝!」

王子は悲鳴を上げた。

「…そうか、分かった」

かと思えばそのままふらふらと食堂から出て行こうとする。その腕をロイが掴み「どこ行くんだよ」と凄むが、マルスは据わった瞳でロイを一瞥するとその手を振り払った。

「しばらく一人にさせてくれ…」

その弱々しい懇願に驚き、ロイは思わず王子を引き留めようと伸ばした手を引っ込めた。その隙に、マルスはすたすたと食堂の扉まで進んで廊下の暗がりに姿を消してしまう。
マスターは憂いを孕んだ瞳でその背を見つめていたが、大した解決策を捻り出す訳でもなく「じゃあ、私は終点に行く」とだけ言い残してワープを使っていなくなった。残されたメンバーは、やや唖然としたまましばらく誰も動かなかった。

「マルス…あいつ、何があったんだ?」

しばらくして、ロイが誰ともなく尋ねる。普段、こういう仲間の緊急時にこそ王子はその指揮力と頭脳を発揮する。しかし今はどうか。何だか全てのことに消極的で、覇気が全く感じられない。
その問いに、ピカチュウとフォックスが顔を見合わせた。後にフォックスの方が頷いてから喋り出す。

「さっきはきちんと説明出来なかったけど…バグに攻撃された時、クレイジーはマスターをかばって、リンクはプリンをかばってバグに捕まったんだ」

フォックスは一瞬心配そうにプリンを盗み見た。プリンは依然としてガノンドロフの腕の中でぐしぐし言っている――というか、ガノンドロフはまだプリンを抱っこしていたのか。
フォックスが少しズレた観点で驚いている最中、ピカチュウが彼の言葉を継ぐ。

『マルスはリンクたちを置いて逃げるのが嫌だったんだよ。でも、あそこに残ったって事態は悪化する一方でしょ?だから、フォックスがマルスを気絶させてここまで帰って来たんだけど…』

「マルス、怒っちゃったかなぁ?」

最後にカービィの呑気な声が締め括る。しかしロイはその言葉に違和感を覚えた。さっきのマルスの感じは、怒っているというよりも、もっと――。

『プリンが…プリンが悪いんでしゅ』

そんなロイの思考を遮り、またもやプリンが先程と同じ台詞を吐いた。ところが他のメンバーは彼女の言葉と先の会話が繋がらず、はてなと首を傾げる。プリンは再びぽろぽろと涙を流した。

『プリンが捕まってれば、良かったんでしゅ。プリンをかばってリンクしゃんが捕まったから、マルスしゃん怒ってるんでしゅ!』

「プリン…そんなはずないわ。マルスはそんなこと考える人じゃないもの」

ピーチが優しく諭す。しかしプリンは体を大きく震わせて叫んだ。

『そんなはずありましゅ!』

プリンは、自分がかばってもらったことで助かったという事実に酷く負い目を感じているらしかった。いっそ誰かに責めてもらいたいとさえ思っているかもしれない。ひとまずピカチュウやネスや子リンといった子供組がそんな彼女をなだめて部屋へと連れて行く。と、ここでガノンドロフが口を開いた。

「おい、小僧」

子供組の大半の少年が振り返る。

「…帽子だ」

ガノンドロフが指差したのは、ネスだった。ネスは怪訝そうに魔王を睨む。

「…何?あと僕の名前はネスって言うんだけど」

「お前はここに残れ」

ネスの主張は無視してガノンドロフが命じる。子リンがネスをかばうように前に出て手を広げるが、ネスはその肩を押さえた。

「いいよ、子リン。僕、残るから」

「でも、…」

「プリンをよろしくね」

ネスが笑うと子リンは再び魔王をぎろりと睨め付けて、声を控えるでもなく「アイツに何かされそうになったらすぐ僕を呼んでね」と些か大袈裟にネスに言った。ネスは苦笑しながら頷いた。

「それから、赤毛」

そんな魔王と子供たちのやり取りをぼんやり眺めていたロイに、ガノンドロフは容赦なく白羽の矢を刺す。

「え、俺?つか赤毛って言ったらおっさんも赤毛だろ」

「うるさい。お前はあの王子の所に行って来い」

ロイの突っ込みは一言の元に断ち切り、魔王は食堂の出口を示した。どうやらすぐに行けとのことらしい。行って何をするのかという指示はないが、魔王が何を言おうとしているのか理解したロイは不思議そうに魔王をまじまじと見つめた。

「…なんだ」

「いや…おっさんって、そんなキャラだったかなぁと思って、びっくりして…」

ロイはそう答えかけ、途中ではっと息を飲むと嬉しげに続けた。

「やっぱおっさん、悪ぶってるけど本当は良いヒト――」

「いいから早く行け!」

拳を振り上げて怒鳴る魔王に、若き獅子の軽やかな笑い声のみが残される。ほんの一瞬、心なしかその浅黒い肌がピンクがかったような気がしたのは、多分気のせいであろう。

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