LUNATIC

*7

「どうしてマスターをかばったんです?」

マスターが屋敷の皆に説明をしている頃、同じ流れで会話をしていたリンクとクレイジーの間にもこの問いがなされていた。
クレイジーは唯一バグを破壊出来る力の持ち主だという。ならば彼女が捕まるよりも、役立たずになるマスターが捕まっておいて、クレイジーはバグの破壊に尽力した方が合理的ではないのか――。
しかしクレイジーは、鼻で笑ってリンクの指摘を否定した。

「何にも分かってないのね。マスターは予定のないこの世界に秩序を与える為に、常に莫大な量の魔力を消費してるのよ?そのマスターがバグに捕まったら、この世界は光の速さで滅ぶわよ」

「…え…“予定のない世界”…?」

さりげなく放たれた破壊神の言葉に、リンクは怪訝そうな顔でクレイジーに向き直る。破壊神はなんともないというように頷いた。

「そうよ。この世界には、マスターの定めた予定がないの」

「でも、さっきは世界を創る時には歴史も一緒に造るって…」

「言ったでしょ?“例外”もあるの」

銀の瞳をすうと細め、金髪を揺らして女は笑う。無限に広がる無機質な空間に彼女のアルトの笑い声のみが反響した。

「ここがまさにそう。マスターの思い付きで創られた、常識も秩序も崩壊した世界。歴史――つまり予定がないこの世界は、バグが発生する前から存在自体がバグみたいなものなのよ」

だからアタシは、この世界を真っ先に壊しに来たのよ、と何処か自慢げに言う破壊神を見つめ、リンクは言葉もなく次々と知らされる事実に唖然としていた。

「それは」

なんとか言葉を紡ぎ出そうと、リンクは口を開く。

「それは…つまり何を意味して…」

期待してもいいのか?絶望的な状況にある、唯一の楽観的な見解を――世界ごとバグを破壊、だなんて大雑把な駆逐方法ではなく。

「そうね、世界を壊すなんてことしなくても、バグ本体を倒せば以前通りの生活に戻れるかもね」

クレイジーはにやりと口の端を吊り上げてみせた。

「多分マスターならそうするし…アタシだってそうするわ。そっちの方が数百倍負担が小さいからね」

「…それを聞いて、幾らか安心しました」

本当に安堵したようにだらしなく背後の瓦礫にもたれかかる勇者。表情からはあまり分からなかったが、やはり世界崩壊の危機に瀕して緊張していたようである。
しかしクレイジーはすぐさまその言を否定した。

「安心するのは早いわ。成体になったバグは、神にも匹敵する力を持つの。マスターの援助が期待出来ない今、アンタの抜けたメンバーたちだけでバグを倒すのは骨の折れる仕事よ」

「大丈夫でしょう」

さらにそれを否定するリンク。根拠は何処にあるのか、とクレイジーはいぶかしく思ったが、妙に確信に満ちた彼の言葉は安易に反論出来ないものがあった。
リンクは小さく笑って頷いた。

「彼らなら、平気です」



しかして、勇者の予想はそう簡単には当たらないようだった。全員が直面した危機の内容を把握した現在に至って、マスターの発した言葉によってその原因は明らかとなる。

「早速戦略的な話に入るけど、バグには実は魔法でしかダメージを与えられないのだ。物理攻撃も当たらない訳じゃないけど、足止めぐらいにしかならない。だから、一番魔力の強い人に攻撃の要になってもらいたいんだけど…」

魔力、と聞いて全員の視線が一ヶ所に集まる。そもそも魔法なんか使えるのは、今メンバーの中では数えるほどしかいない。
見つめられた方は、元から眉間に寄っていた皺を更に深め、赤い瞳でそれらの視線を睥睨した。

「…なんだ」

全員の視線を一身に集めるハイラルの魔王、ガノンドロフが低い声で唸る。その問いかけは、話を聞いていなかった故の状況説明を求めるものではなく、何故己が、という義務の有無を問うものだった。

「俺はあの小僧も破壊神も助けてやるようなおめでたい頭はしていない」

「そう言わずにさ〜」

だらんとした声音のマスターが食い下がるも、その程度で首を縦に振るような魔王ではない。というか、命の危機に瀕しても「うん」とは言いそうにない。
もし、人質(?)になったのがあの二人でなければ、あるいは魔王も重い腰を動かしたかもしれない。けれども不幸なことに、人質になったのは魔王と犬猿の仲の勇者と破壊神であった。

ガノンドロフは馬鹿馬鹿しいというように息を吐き出した。

「他を当たるんだな」

『待ってくだしゃい!』

突如、食堂に悲鳴のような制止の声が上がる。少々舌足らずな声の主は、桃色の風船――プリンだった。はた、とガノンドロフの動きが止まった。幸か不幸か、彼は子供の頼みには弱かったのだ。

「…貴様」

『リンクしゃんたちを、助けてくだしゃい!』

プリンは大きな瞳に涙を溜めながら滔滔と語る。

『本当は、プリンが全部悪いんでしゅ。プリンが弱かったせいで、リンクしゃんたちは捕まっちゃったんでしゅ。都合がいいのは分かってましゅ、でもプリンたちが頼れるのはガノンしゃんしか居ないんでしゅ…!』

ついに大きな瞳から大粒の透明な雫が溢れ落ちる。プリンほどでないにしろ、現状を憂い、ガノンドロフに見限られると困るメンバーは小声で「そうだそうだ」と囃し立てた。
魔王は盛大に眉尻を下げて桃色の風船を見下ろした。プリンはしゃくり上げるようにして泣き始めた。

「お前…その…あー、泣くな。俺は…つまり、そのだな…」

一瞬で尊大な魔王から子供の涙にうろたえる好々爺となり果てた彼は、しどろもどろになりながら風船の横に膝を折る。果たしてこんな人物が戦闘で役に立つのか、と別な心配も浮かび上がるが、まぁそれはおいといて。

「プリン、もう泣かないで。ほら、ガノンのおじさんもリンクを助けるって言ってくれてるし」

魔王が狼狽してるうちにさっさと既成事実化しちまえ、とばかりに強引な和解策を提示するネス。魔王は抗議の声を上げかけたが、プリンがすぐさま『ありがとうでしゅ!』と泣きながらその胸に飛び付くと、色々諦めたようにうなだれた。


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