LUNATIC
*6
マスターの移動魔法で、彼らは屋敷の中庭に帰還した。居残りとなっていた残りのメンバーが何事かと様子を見に来る中、意識の飛んでいたマルスは呻き声を上げながらうっすらと眼を開く。
「…痛…」
フォックスに抱えられたままのマルスは、一瞬彼を恨めしげに睨んだ。そのことに気付いたフォックスはジャンピング土下座で「殴ってすいません!!」と謝る。しかし、対する王子の反応は、状況を知らない居残り組にも、状況を知る先遣隊にも、予想外のものだった。
「…いや、あの時は僕が冷静さを欠いていた…すまなかった」
心なしか王子の顔は青白い。とんでもない報復を予期していたフォックスは、唖然としてマルスを見返した。マルスは視線を落として誰とも目を合わせようとしなかった。
「一体何があったんだ」
突然中庭にワープしてきたこと、リンクがいないこと、マルスが気絶していたこと、全員の表情が暗いこと、それらの説明を一気に求める最適の質問を発するロイ。その問いは、マスターと共に行動していた仲間たちに放たれたのであろうが、彼らもまた真に状況理解には至っていないようだった。
『バグに、リンクとクレイジーが捕まったんだ…』
ピカチュウがぼそぼそと呟くが、先遣隊の視線はマスターに投げ掛けられ、自然その他の視線も全てマスターに集まった。
マスターは小さく頷いた。
「確かに、あの二人はバグに捕まった」
そんな、とか細いゼルダの悲鳴が上がる以外、全員無言であった。あの高い戦闘能力を誇るクレイジーとリンクが捕まるなど、信じられない事柄だったからだ。すぐさま衝撃から立ち直ったらしいネスが問いを発する。
「バグって?」
「私の世界の理から外れた者のことだ」
その答えにいまいちピンと来ないらしいメンバーは首を傾げる。マスターはやや眉尻を下げて胸の前で腕を組んだ。
「普通、世界というのは星であれ、銀河系であれ、私が全て創っている」
マスターの言葉に幾人かが頷く。そう、彼は創造神だ。あまたの世界を創造してきた――それは、周知の事実だったはずだが。
「そこで、だな。私が創るのは大地や生命だけではない。世界の歴史も、その誕生から滅亡までを寸分の狂いもなく造り上げている」
マスターは言葉を切り、その意味が分かるか?とメンバーに問う。
「…全ての世界は、マスターの定めた歴史通りに回ってるってことか…!?」
創造神の言葉を次いでマリオが悲鳴に近い声を上げた。マスターは「まぁ例外もあるが、そういうことだ」と小さく頷いた。ピーチが額に手を当て、嘆息を漏らした。
「全ての世界が私の決めた秩序通りに回っている訳だが、その歴史を無視して登場するのがバグという訳だ。バグは予定を乱し、予定の乱れた世界は滅ぶかあるいは他の世界に影響を与える巨大なバグになってしまう。故に破壊神クレイジーが、そうなる前に世界ごとバグを破壊して、我々は世界の調和を保ってきた」
その言葉には多くのメンバーが意外そうな顔をした。クレイジーは無作為に破壊の対象を選んでいると思っていたのだ。彼らが少し破壊神を見直したとき、しかしマスターは口先を尖らせて言う。
「あ、でもクレイジーは手当たり次第壊すことの方が多いから。第一バグなんてそうそう発生するものじゃないし」
ロイを含め、子供組のクレイジー尊敬メーターが更に下がる。大人たちはそこまで夢を見ていなかったので「やっぱりか」というような顔をしていた。
ここでマスターは再び真面目な表情に戻り、ほとんど囁くように続ける。
「そして残念ながら、この世界にもバグが発生した」
最も静かな驚きを持って、英雄たちはその事実を受け入れた。先遣隊は勿論のこと、居残り組も話の流れから大体予想はしていた。
しかしここで重要になるのは予想の当たり外れではない。
「この世界を…壊すのでしょうか?」
ゼルダが震える声で問うた。先程創造神は言ったではないか。“バグの発生した世界は、世界ごとバグを破壊する”と。
その場合、この世界に住む人々は――自分たちはどうなるのか。
「いや、壊さない…というか、壊せない。破壊神たるクレイジーが、バグの“成体”に捕まっているからな」
恐れていた最悪の返答は、マスターの口から発せられることはなかった。が、代わりにとんでもない事実がさらりと漏らされる。
「バグの成体を破壊出来るのはクレイジーだけだ。成長しきる前なら私でも何とかなったが…。それに世界を一瞬で塵にするような力を持ってるのもクレイジーぐらいだ。そのクレイジーがいないんだから、どうしようもない訳だな」
あっけらかんと笑うマスター。――そこはかとなく自暴自棄の色も窺える。
「バグは、神の理から外れた存在だ。いわば神たる我々の天敵なのだ」
『…どういうこと?』
ピカチュウが首を傾げる。マスターはうーんと唸って顎に手を添えた。
「ポケモン風に言えば、私の攻撃はバグに効果がない。クレイジーの攻撃はバグに効果抜群だ。一方バグの攻撃は、私にもクレイジーにも効果抜群だ」
『あー…』
ポケモン組は深く納得したように首肯した。それに満足したように「うんうん」と頷くマスターは、指先で空に解読不能な象形文字を描き始めた。
「バグは私たち神の魔力を無効化出来る。そうなるだけの決定打を打たせなければ、クレイジーもバグに負けることはないんだが、今回私をかばったせいでクレイジーの魔力はバグの支配下に入ってしまい、全て無効化されている」
だからクレイジーは自力で脱出出来ないんだ、と付け足すマスター。全員が沈黙をもってその言葉に答えた。それもそのはず、彼の言葉から総合すれば、現在この世界は、ただ自らがバグとなり果て破滅するのを待つだけの世界となってしまうらしいのだ。
「なぁ、ちょっと疑問に思ったんだけど」
律義に挙手をしてフォックスが尋ねる。まるで教師のような尊大な素振りで「どうぞ」とマスターが彼を指差す。同時に集まる視線に、フォックスは居心地悪そうに肩をすくめた。
「あのさ…なんでクレイジーはマスターをかばったんだ?」
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