LUNATIC

*5

「うわぁ」

ずべっと情けない恰好でマスターは地面に転がった。駆け寄ってきたクレイジーに突き飛ばされたのだ。おかげで彼は先の光線から逃れ得た訳であるが。
同じように地に伏すマルス、フォックス、ピカチュウ、カービィ。彼らは元々そこまで人形の近くにいなかったので、辛くも光線の被害を被ることはなかったらしい。ついで少し離れた場所にぷにんと落下したのはプリンである。彼女も誰かに突き飛ばされたのか、落ちた先で呆然としている。
光の残滓が消え、舞い上がった粉塵が晴れる。
しかしそこからは、クレイジーとリンクの姿が消えていた。

「ク…クレイジー…!」

マスターはすぐさま飛び起きて己の半身を探した。呼べど叫べど返事はない。彼は考え付きたくもない結論に至る。

――自分をかばって、彼女はさっきの光線に消された――

えてしてそれは、クレイジーだけではなかった。リンクもまた、間近にいたプリンを突き飛ばして光線に巻き込まれていた。
最悪な状況を理解した面々は、奇声を発しながら再び上昇し始めた人形を見上げた。それは依然としてボロボロで、髪もところどころ抜けているし、足や手は千切れかかっている。明らかに再起不能なはずだったが、このタフさはひとえに無生物故の賜だろうか。
答えは否である。これこそがマスターの言うバグの“成体”の本領なのだ。

「リンク、何処だ!リンク!!返事をしろ!」

マルスの切羽詰まった声が響く。その声に反応してマルスの方を見下ろす人形に、フォックスのブラスターが命中する。しかし狙いたがわずその脳天を撃ち抜いた光線は、人形にはさしたる効果もない。倒れるプリンにピカチュウが駆け寄り何とか助け起こし、カービィはフォックスの援護に走っていた。
不味い。全員が浮足立ってしまっている。このままでは、我々全員が――いや、世界全てが滅びてしまう――。

『なぁぁにやってんのよ、マスターァァ!!』

何処かくぐもった、しかし聞き慣れた、女にしては幾分低い声が大音量で叫ぶ。クレイジーの声だ。創造神を含め、英雄たちははたと声の発信源を振り返る。
人形の光線を浴びて、妙な金属と化した瓦礫の中からそれは響いている。彼らはその理由を確認して更に愕然とした。鏡のような光沢を示す表面に、クレイジーとリンクの姿が映り込んでいたからだ。二人は目立った外傷もなく、しかし三次元世界からその存在を完全に断絶されていた。
クレイジーは続けた。

『バグが“成体”になったら、アンタの攻撃は一切バグに効かないのよ!?だったら早くそのコたちを連れて逃げて!アンタまで捕まったらこの世界は終わりだわ!』

クレイジーの言葉はかつてないほどの危急性を孕んでいた。彼女の鬼気迫る物言いに、マスターは反論の術もなく、無言で頷き移動魔法の魔法陣を発動させる。

「早く中へ!」

彼は鋭く叫んだ。その声に反応したピカチュウとカービィがプリンを引っ張ってマスターの足元に駆け寄る。フォックスも人形を牽制しながら徐々に魔法陣の近くまで後退するが、マルスは一人呆然としたままその場に突っ立っていた。

『マルス…!?』

ピカチュウの悲鳴に近い声に、しかしマルスは動こうとしない。

「彼らを、置いて行けと言うのか」

王子は神剣を抜き払って低く構える。クレイジーが何事かを叫ぶが、反響してしまって聞き取れない。マルスは叫んだ。

「僕は残る。彼らを助けなければ!」

「頼む、マルス!今は耐えるんだ、戻って来てくれ!」

マスターも悲痛な面持ちで懇願するが、王子は聞く耳を持たない。カービィがフォックスを見上げて怒鳴った。

「フォックス!マルスを引きずって来て!」

「無茶言うなよ!」

しかしフォックスは魔法陣から飛び出し、その俊足でマルスの元まで走り寄ると、一言「すまん」と謝って王子の側頭をレイガンの台座で殴打した。まさか殴られるとは思っていなかったマルスは、その一撃に気が遠くなる。フォックスはがくりと崩れた彼を抱え上げて魔法陣に戻って来た。
彼らの帰還を確認して、マスターは移動魔法に意識を集中させる。
バグの方は特に意思を持って攻撃をしている訳ではないらしく、辺り構わず光線を発して不気味な銀世界を広げている。マスターは一瞬クレイジーとリンクを振り返り「必ず助ける」と呟くと、ついにその魔法陣を発動させた。
再び奇妙な浮遊感を感じながら、溶け去る景色を見送る創造神と英雄たち。敗走を余儀なくされた彼らは、後ろ髪を引かれる思いで仲間を見捨て、白亜の屋敷に帰還するのだった。



「行ったわね…ったく、あの王子サマ、ヒヤヒヤさせてくれるわ」

ふぅ、と息を吐き、クレイジーは背後の瓦礫の山にもたれた。三次元世界から見れば無限に広がるように思われる彼女たちがいる謎の空間も、実際は終点のような作りで床もあり、彼ら同様にこの空間に閉じ込められた無機物も(時々)ある。リンクはその彼女に倣い、瓦礫の山に背を預けて腰を下ろした。

「…我々が助かる見込みはあるんですか?」

破壊神の眼前の勇者は、既にいつもの落ち着きを取り戻している。クレイジーは金の瞳を細め、僅かに苦笑した。

「この中じゃアタシの魔法は使えないの。脱出は今のところ出来ないけど、さしあたってすぐ死ぬようなこともないわね」

「そうですか」

同じく苦笑を返し、リンクは沈黙した。それからやや聞きにくそうに眉をハの字に下げ、再度口を開いた。

「…喋り方が…」

クレイジーは、マスターが施した魔法のせいで少々おかしな片言で喋っていた。それが今回姿を現してから、何故かその異常が解消されている。もしかすると本来のクレイジーに戻ったのか、とリンクは内心ゾッとしたが、クレイジーはケラケラと笑った。

「バグのせいで、マスターの魔法が狂ってるのよ…あぁ、もうアンタを襲う気はないから安心なさい」

リンクの心を見透かしたかのようなクレイジーの言葉に、彼はまた一つ苦笑を漏らした。

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