LUNATIC

*4

『で、具体的に僕たちは何をすればいいの?』

マスターには、どうやら現状打破の秘策があるらしいが、コンピュータ制御と現実世界ではデバッグの方法も違うだろう。それ故のピカチュウの質問であった。

「簡単だ。バグを壊せばいい」

「…簡単なのか?」

「バグが成長しきって“成体”になる前ならな」

フォックスの問いにもさらりと答えるマスター。そのあまりに軽い調子には、本当に世界存亡の危機なのかと疑わしくなってしまう。
そんな神妙な顔付きの英雄たちとは裏腹に、やはりマスターは明るく続けた。

「さぁ、さっさとバグを見つけて壊してしまおう。そうすれば、万事解決だ」

そう言ってマスターは足元のピカチュウやプリン、カービィに手を振り前進を促す。このまま止まっていても仕方ないので、英雄たちはしばし襲いくる不安を忘れ、マスターの言葉に従って歩き始めた。



歩き始めたはいいが、一行の目に映るのは行けども行けども不毛な土地ばかりである。殺気を感じる訳でもなく、ただ悄然とした景色の広がる世界にいつしか英雄たちの緊張も薄れ、皆は思い思いに足の向くまま辺りを動き回った。
しかし、マルスとマスターだけはぽかんと空いた広場の中に突っ立って、ぼんやりとしていた。

「…そういえば、君の部屋のモニター、全部砂嵐だったね?」

しばらくして、辺りにリンクたちがいないことを確認したマルスが思い出したように尋ねた。マスターは視線を寄越さず、表情も変えずに「それが?」と問い返した。

「いつもは何処かの街の風景や乱闘の様子が映ったり、単に娯楽の映像が流れていた」

「いかにもそうだ」

「…あれが砂嵐になったのは、クレイジーが攻めてきた時ぐらいだ」

さすがの創造神もこの指摘は予想外だったようで、僅かに瞠目する。その反応で確信を得た王子は、切長の瞳を細めて低く問うた。

「本当は、楽観出来るような状況にないんじゃないのか?」

「そんなはずはない…多分」

対するマスターの答えは酷く心許ない。マルスは怪訝そうに顔をしかめた。

「何故そんなに不安がるんだ?君は神だろう、神が何故バグを恐れる?」

「それは――」

「マスター、マスター!」

マスター言を遮り、カービィの甲高い声が辺りにこだまする。てんでバラバラだったメンバーが声の主の元に集まった。何事かと思えば、どうやら道の真ん中に落ちていた人形を指して騒いでいるらしい。
全員がカービィとそれに向かい合っていたピカチュウを取り巻いて、人形を見下ろす。それはくすんだ黄緑色のドレスを着た、フランス人形らしきものだった。髪は美しいブロンドで顔は陶器のような白のはずだが、そのどちらも本来の輝きを失い、すすけた様相を呈している。腕も不自然に折れ曲がり、ちょっと不気味だ。恐らく以前この近隣の住民の持ち物だったものが、ここに打ち捨てられたのだろう。

「お人形さん、壊れてるよ。マスター、直してあげれないの?」

カービィが真っ直ぐにマスターを見上げて懇願する。銀河系並に広い心の持ち主たる星の戦士の優しさは、いつでも誰にでも等しく注がれるのだ。リンクとフォックスは落ちていた人形を拾い上げ、しげしげとそれを眺めた。

「あちゃー、完全に変な方向に曲がってんな」

「どうです、マスター?」

「どれ、貸してみろ」

顔一杯に好奇心を露にしたマスターが手を伸ばし、その人形を受け取る。マスターはじっとその銀の瞳で、人形のスカイブルーの瞳を見下ろした。が、穏やかだったマスターの表情は、何故かどんどん険しくなっていく。
刹那、その人形が細かく振動し始めた。

「…お前ら、伏せろ!!」

突如怒号を上げたマスターは、力の限りに人形を上空に放り投げた。慌ててその言葉に従うその他の面々。リンクは近くにいたピカチュウとプリンを抱え込むように地に身を投げた。
放り投げられた人形は、重力に逆らいはるか上空でぴたりと停止する。そうして本来動くはずのない口を大きく開き、そこから金属が軋むような耳障りな奇声を発した。
それと同時に開いた口から勢いよく前方――すなわち伏せた英雄の頭上すれすれに正体不明の白い光線が放出された。その光線が触れた物体は、一様に不気味な光沢を示す金属らしきものに変化している。それを見たプリンが悲鳴を上げた。

「あれがバグか!?」

何とか身を起こしたマルスが叫ぶ。既に神剣は抜き身である。その隣ではフォックスが宙を舞う人形に照準を合わせ、射撃許可を待っていた。そのさらに向こう側ではピカチュウとプリンも臨戦態勢で、リンク、カービィも各々の武器を構えて上空を睨んでいる。

「どうやらそのようだ。あの攻撃は得体が知れない…気をつけてくれ」

マスターのその言葉が、攻撃開始の合図となった。フォックスのブラスターとピカチュウの雷で上空から人形を叩き落とし、プリンが歌って人形の動きをにぶらせる。そうして動きのなくなった人形に、近距離型の剣士二人とピンク球のハンマーが迫る。どさりと人形が地に落ちて、呆気なくフィニッシュとなった。
あっという間に終焉を迎えた戦闘に手応えのなさを感じながらも、斬り刻まれた人形を見下ろして英雄たちは安堵の溜め息を漏らした。世界の危機らしいが、そのリスクは少ないに越したことはない。
何故か何もしなかったマスターがようやくバグの元にやって来る。彼は無感動に人形の残骸を見つめ、「終わりだな」と呟くとその右手に薄青い光の魔法弾を溜めた。

しかし、そこへ新たな来訪者が現れる。地面に浮かび上がった魔法陣から、クレイジーが登場したのだ。クレイジーはマスターを見、その足元に転がる人形の残骸を見、絶叫する。

「ソイツから離れて、マスター!!」

一方クレイジーのテンションの高さに首を傾げる一行。マスターは足元のそれを指差して笑った。

「安心しろ、クレイジー。コイツはもう倒し――」

カタン
僅かな音がして、もはや原型も留めていない人形の頭部が傾く。もう倒したはずのそれは、残った片目でマスターを見上げ、口だった開放部分から奇妙な笑い声らしい不愉快な音を発した。馬鹿な、と愕然とする彼らに駆け寄りながら、クレイジーは叫んだ。

「ソレはもう“成体”よ!早く逃げて――!!」

刹那、眩い光が彼らの視界を埋め尽したのだった。


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