LUNATIC

*3

「不測の事態かい?」

狼狽したようなマスターの様子とは裏腹に、マルスの涼しい声が問う。ハプニングでもなければつまらない、とでも言いたげな王子の期待を裏切り、マスターは首を横に振った。

「いや、これも想定の範囲内だ。ただ今回の視察の危険度が一気に上がったことも事実…どうしたものか」

再度荒廃しきった街を見渡す創造神。辺りには猫の子一匹見当たらない。勿論人影など皆無だ。
先程までコロッケコロッケとうるさかったカービィは、ややしゅんとしてさびれた商店の看板を見つめていた。

『そろそろ何が起きているのか教えてくれてもいいんじゃない?』

地面に転がるコンクリートの破片を蹴飛ばしながら、ピカチュウがマスターに言う。その言葉に無言の同意を示すマルスたち。マスターはくしゃくしゃと整った銀の長髪を掻いた。

「うーん…そうか…やっぱそうだよなぁ」

「勿体ぶるなよ」

フォックスが急かす。マスターはついに観念したように肩を落とした。

「詳しいことはまだよく分からないから言えないが、どうやらバグが発生したらしい」

「バグ?」

素頓狂な声を上げて全員が問い返した。マスターは面倒臭そうに顔をしかめた。

「そう。…バグの説明は?」

「勿論要ります」

リンクは眉間に深く皺を寄せて言った。全員の刺さるような視線を一身に受け、しかしマスターはうろたえもせず淡々と答える。

「バグとはプログラム上の誤りのことだ。この世界においては、私の管理から外れた者のことを差す」

『そんなこと…あるんでしゅか?』

「ある。残念ながら、な」

何処までも真っ直ぐな金の瞳で、英雄たちを見据える創造神。その神妙な面持ちは、これが冗談や嘘の産物ではないことを物語っている。その真面目すぎる表情には、さすがの英雄たちもしばらく反論の余地がなかった。

「…そのバグが及ぼす影響は?」

長い沈黙を破り、ようやく口を開いたのはマルスである。ピカチュウやプリン、フォックスが不安そうにマスターを見つめた。が、リンクとマルスは大体予想が付いているのか、渋い顔でマスターの返答を待つ。カービィはマスターと仲間の顔を見比べていた。

「バグは、世界の秩序を崩壊させる」

対するマスターの返答は抽象的であった。英雄全員が眼だけで非難を訴える。――それはすなわち、具体的にどんな悪いことが起こるのか、と。
一瞬目を伏せ、マスターはついに重い口を開いた。

「秩序の崩壊した世界は、消えるしかない」

「そんな!」

カービィの高い悲鳴が上がった。彼にしては珍しい反応に、しかし他の仲間たちも驚いている余裕はなかった。それもそうだ。自分たちの世界の崩壊を告げられて、冷静でいられる訳がない。
が、彼らは飽くまで英雄である。世界の危機と聞いて、泣き寝入りをすることなど許さない。

「それを止める手だてはあるんですか」

碧い瞳に鋭い光を宿し、かつて王国を救った勇者が問う。世界を巡ったポケモンも、宇宙を駆ける遊撃隊も、銀河を救った星の戦士も、大陸を救った王子も、誰もかれも来るべき災厄を憂いこそすれ、恐れはしない。
マスターは彼らのその様子を見て安堵の笑みを漏らすと、深く深く頷いた。

「その為に、君たちとここに来たのだよ」



所変わってここは英雄住まう白亜の屋敷。朝方から創造神と数人の住人たちが出掛けてしまったので、心なしか屋敷はひっそりとして――「いくぞーポポ!僕のウルトラ豪速球を受けてみろ!!」「望むところだ!」「お前ら野球なら外でやれェェェ!!」…という訳でもない。
やはりいつも通りに騒がしい屋敷にあって、大人しくふてくされたように打ち沈んでいたのは、唯一クレイジーぐらいなものだろう。クレイジーは一人で終点の真ん中に腰を降ろし、マスターから破壊許可の降りたがらくたの類を、無造作に掴み上げては破壊するという行程を繰り返していた。

「あーア、アタシも行きたカッたワ。マスターったラ、アタシにお留守番なンてさセテ…アタシが根ッかラのアウトドア派だト知ッての愚行カシラ?」

バキィ、と音を立ててクレイジーの持っていた自転車のフレームが折れる。クレイジーはまた新しいがらくたを持ち上げようとして、ふとその手を止めた。そしてふらふらと立ち上がると、終点のメインであるパソコン(らしき物体)の前の椅子に腰掛け、頬杖を付きながら何事かをカタカタとキーボードで打ち込んでいく。
しばらくカタカタと無機質な音が終点にこだましていた。が、それもいつしか途絶える。

「…ウソよね…」

始めはごく普通の表情で画面に向かっていたクレイジーは、一言そう呟くとやや焦ったようにさらにキーを打った。キーボードの前のディスプレイを、細かな演算式の羅列が埋め尽くしていく。周辺の機械も幾つかいじり、最後にエンターキーを押したクレイジーは、元々白い顔を一層蒼白にさせていた。

「何…コレ…!?」

クレイジーが思わずそう呟いた瞬間、唐突に終点にある砂嵐を映していたモニターの全てがブツリと切れた。モニターだけに止まらず、その他の周辺機器も作動していない。唯一残ったメインディスプレイだけが光源となり、暗闇を余計に際立たせる。クレイジーは愕然としたままその中で立ち尽くした。

「マスター…!」

うわ言のように頼みの人物の名を口にする破壊神。それから弾かれたようにキーボードに覆い被さり、何とか再起動を試みる為に些か乱暴にキーを叩く。しかし彼女の努力も虚しく、ディスプレイには「ERROR」の文字が表示される。

「何だってのよ…アタシは神サマなのよ!アタシがするコトに“間違い”なんかある訳が――」

苛立ちに任せて無機物に悪態を吐くクレイジーは、しかしはたと口をつぐんだ。何もかもが思い通りにいかないらしく、クレイジーは眉間に皺を寄せて唇を噛む。

――早くマスターに知らせなきゃ。
――でも終点を離れるのは危険過ぎる。

破壊神は悩み、悩み抜いて、ついに決心した。

「アンタの悪運の強さを信じるわ、マスター!」

クレイジーはそう叫ぶと、左手を一振りして移動の為の魔法陣を発動させて、幾多の光の筋と共に終点から姿を消した。

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