LUNATIC

*2

「…つまらないことだったら承知しないからな…装備を整えて来る」

くるりとマスターに背を向け、つかつかと遠ざかっていくマルス。フォックスが慌てたように「出発は何時だ?」と問うと、王子の背を見送っていたマスターは視線を戻して広間の壁掛け時計を見やった。

「一時間後に」



きっかり一時間後、終点には六人(正確には人間二人、獣人一人、モンスター三匹)が並んで待っていた。ほとんど遅れずマスターも登場し、些か真面目過ぎる様子で彼らに問う。

「準備はいいな」

「無論」

マルスの低い声が答える。それに遅れて他の面々も肯定の声を上げた。
マスターは彼らにくるりと背を向けモニターの前のキーボードに向かってカタカタと何かを打ち込む。すると終点にある転送装置の一つがブーンと音を立てて起動した。これを使って目的地まで行くらしい。

「…一応聞くけどよ、どこ行くんだ?俺たち」

遠慮がちにフォックスが尋ねる。先からのマスターの言動を見れば答えなど期待出来そうになかったからだ。さすがのマスターもこれ以上彼らに無駄な不安を与えるのはどうかと躊躇われたのか、短く「ルーナだ」と答えた。

「ルーナ?」

思いがけず返答があり、フォックスは拍子抜けしたようだった。マスターの返答を繰り返す声にも驚きの色が濃い。が、そこには少なからず未知の名への好奇心も混ざっていた。

「麓の街を越えて、さらに向こうに行った先にある街だ。最近そこからの映像が終点に送られて来なくてな、何があったのか確かめたいんだ」

その好奇心の根源に応えるべく、そして今までの説明のなさを挽回するかのごとく、一気に答えるマスター。その返答にピカチュウ、プリンは『それで…』と気のない相槌を打ち、フォックスとリンクは納得したように頷いた。
しかし、最も説明を求めていたはずのマルスはまるで話を聞かずにそっぽを向いている。ふてくされて――という訳ではない。そしてくしくもマスターの話の最中に上の空だったのは、王子だけではなかった。
マルスとカービィは砂嵐しか映していないモニターを見つめて沈黙していた。

「…何か問題でも?」

そんな二人を見かねてマスターが問う。カービィは即座に「テレビ映んないとつまんない」と膨らみながら不平を述べた。マルスも同様に何かを言いかけたが、一瞬マスターを睨み付けただけで首を振って「何でもない」と答える。
マスターの顔には如何なる表情も浮かばなかったが、他の仲間たちは不思議そうに彼を見つめた。しかし王子はそれ以上何も口には出さなかった。

集合当初からギクシャクしているこのメンバーの中にあって、比較的ノーマルなピカチュウとフォックスは困惑したように顔を見合わせた。

プリンもカービィも周りの空気がいかに重くとも平然としていられるし、リンクはマルスのテンションの高低差についてはよく知っているだろうから今さら当惑することもないのだろう。マスターはどちらかというとこれらの人物の被害者になることが多いが、今回のマスターは普段の彼と決定的に何かが違う。
そんな訳で、最も常識的と思われるこの二人は、ピリピリした場の雰囲気を和ませることが、現在最優先される事項であると共通の理解に至ったのだ。

「た…楽しく行こうぜ!どんな敵が出て来たって俺たち皆で軽く捻ってやるさ」

『ルーナってどんなトコロなの、マスター?』

努めて明るい声でフォックスがマルスとリンクの背中をばしばしと叩きながら言い、ピカチュウは話題をそらすようにマスターを見上げた。そんな健気な二人の試みは功を奏し、ようやく一行の間に微笑が漏れる。

「そうだな…ルーナ、初めて聞くが」

いつもの余裕めいた笑みで眉目秀麗な顔を彩り、マルスが腕を組みながら言う。メンバーの物問いたげな視線に囲まれ、マスターも相好を崩す。

「別段変わった風習やら特産品やらがある訳ではないが、のどかでいい所だ」

「ご飯は美味しい?」

「勿論だ。…あそこのコロッケ屋さんは評判だぞ」

カービィの問いかけにもマスターははきはきと答える。コロッケと聞いたカービィは目に見えて喜色を顕にした。

「みんな!早く行こっ」

カービィは一人忙しく足を動かして転送装置に乗る。それをゆっくり追いながら、他の面々も転送装置に足を載せた。
マスターも含め、全員が転送装置の台座に乗ると、マスターはパチンと指を鳴らす。すると転送装置は眩しい光に包まれて、搭乗者に奇妙な浮遊感を与えながら彼らの体を遠くルーナの土地まで送り飛ばす。

そして誰もいなくなった終点には、依然として砂嵐しか映さないモニターの無機質な音ばかりが残された。



「コロッケ〜コロッケ〜」

何もないはずの空間が頼りなさげに揺らめき、縦方向に波紋が広がる。その中から幼い歌声が聞こえると、まるで見えない壁をすり抜けてきたかのように、奇妙な集団が姿を現した。
先頭を切って現れたのは小さなピンク球。続くは黄色い電気鼠とピンクの風船、さらにはやる気のなさそうな緑衣の青年と狐の獣人、最後に蒼い装束をなびかせる王子と白いコートの男が地に降り立つ。

「ここが…ルーナ?」

初めて見る土地をぐるりと見渡したフォックスが、誰ともなく尋ねる。勿論その問いに答えられるのはマスター一人だが、フォックスはその時目に飛び込んで来た光景が信じられず、そう問わずにはいられなかった。
マスターはルーナについて、“のどかでいい所だ”と言ったはずだ。しかし目に映るルーナの全ては、まさに廃墟と言って良いほどに荒れ放題だった。
建物は風化し、塗装が禿げてひび割れたコンクリートが剥き出しになっているし、本来はまっているはずの窓ガラスは無惨にも粉々にされて地面に散らばっている。並木だったであろう枯れ木は、くすんだ幹を残すのみで葉っぱも付けていない。唯一わずかに色が残るのは、朽ちた建物の中に生える雑草ぐらいなものか。

「そのはず、なんだが」

マスターは一言、そう答えた。

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