LUNATIC

*1

何処までも続く無限の暗闇は、一方で閉鎖的な印象を強く与える。しかし相反した矛盾する性格を持つその世界の終点に、創造神は居た。
無数に伸びる電気コードと、これまた無数に光る幾多のボタン配列。その一つ一つを慎重に、かつ無造作にいじくる彼は、整った顔にかかる銀の長い前髪を邪魔そうにすくい上げた。

「…分からん」

「あラ、アナタがお手上ゲ?」

おぼつかないアクセントで嘲笑を含みながら、彼の後ろにいる緩いウェーブのかかった金髪の女が言った。体の凹凸は少なく、中性的な雰囲気すら漂わせる彼女は、ケタケタと渇いた笑い声を響かせて続けた。

「アタシが行ッテ壊しテアゲてもいいワヨ、ソのバグ」

「そうしてもらいたいのは山々だが…」

対する男の歯切れは悪い。

「何の兆しもなく急成長したバグだ。お前一人では危険かもしれん」

「あラ?アタシ一人じゃ不安ッてワケ?ナメらレたモンね」

「そうじゃない」

男はぴしゃりと言い切った。女は怪訝そうにしながらも口をつぐむ。その様子を見届けてから、男は正面に並んだ正方形の四角い箱――いわゆるモニターというやつ――を指差した。そのどれもがザーザーと不愉快なノイズを発し、画面一杯砂嵐となっている。

「前にもこんなことがあった。その時は…」

何かを示唆しているかの如く、意味ありげに言葉を切る男。女は更に険しい表情で眉根を寄せた。

「…今回モ既にソコまデ事態は進行していルと?」

「だから分からんのだ。探知が出来るということは、まだ私の管理から外れ切っていない存在のはず。しかしもう終点に干渉してくるとは…理解し難い順序だ」

男は再び苦々しい表情でモニターを見上げた。光源のない暗闇の世界で、そのモニターは無機質な光を煌々と提供している。男の顔に暗い影が落ちた。

「…放っておけば必ず良くないことが起こる。念の為、明日“彼ら”を連れて私が見て来よう」

「なにヨ、アタシはお留守番ッてコト?」

不機嫌な女の声が刺々しく言う。男は呆れたように溜め息を吐いた。

「終点に手を出されれば、それこそこの世界は終わってしまう。私たち二人ともがここを空ける訳にはいかないのだよ、クレイジー」

女――クレイジーは口先を尖らせて男を睨み付けた。

「……つまンナいワ」

「重要な仕事だ」

「なンか壊しチャうカモ」

「…三番倉庫の中の物なら許す」

「アソコはガラクタばかリじゃナイ」

「じゃあ四番倉庫なら?」

「乗ッたワ」

にやりと口角を吊り上げるクレイジー。男はしてやられたとでも言うように再び深い溜め息を落とした。
そんな彼らを照らし出す妙に明るいモニターの砂嵐。単調な雑音ばかりが辺りを支配している。



「マルス、リンク、ピカチュウ、プリン、フォックス、それから…カービィ。ちょっとこっち来なさい」

ある日の朝食の後、皆がそれぞれ部屋に、あるいは遊び場へ赴こうと食堂の出口に殺到する最中、この世界の創造神マスターはそんな彼らの背に向かって呼びかけた。呼び止められた方は素直に振り返って進みかけた足を戻し、マスターの元へと歩み寄る。何人かの好奇心にかられた他の仲間たちも、事の成り行きを見守る為に足を止めた。

「何かな」

真っ先に声を上げるマルス。それに続いてピカチュウとプリンが不思議そうにマスターを見上げた。

『僕たち、今から皆と鬼ごっこするんだ。早くして』

『プリンたちも忙しいんでしゅ』

可愛いカオして辛辣な言葉を吐くポケモン二匹。しかし口には出さずとも残りの人間も誰もがそう思っていることは明白だった。
カービィだけが「なになに〜?」と楽しげに尋ねてくれるが、マスターはやや凹んだようにうなだれた後、それでも持ち直して答えた。

「お前たちの腕を見込んで頼みたいことがある」

束の間彼らの間に沈黙が流れる。

「私の護衛として、ちょっと野暮用に付き合ってもらいたい」

続くマスターの言葉は、彼らにかつてない衝撃を与えた。ピカチュウ、プリン、フォックスはぽかんと口を開けたまま静止しているし、マルスとリンク、カービィは無表情ながらしばらく無言だった。
マスターはこの沈黙を予期していたようで、敢えてそれを自分から破ろうとはしない。ようやくカービィがいつもの緊張感のない声で尋ねた。

「マスター、危ないトコロに行くの?」

「危ない“かもしれない”所だ」

対するマスターの返事は曖昧である。リンクが怪訝そうに眉をひそめた。

「それは…神である貴方の手に負えない…という意味ですか?」

「神である私だからこそ手に負えないということもある」

またもや意味深な返事が返ってくる。何かを悟らせようというような意思はマスターに全く見受けられない。どうやらわざと答えをぼかしているらしい。勿論彼らはそんなマスターの行動の真意を推し量かることなど出来ず、ただ首を傾げるしかなかった。
――マルス一人を除いて。

「その“危ない”というのは何が危ないんだい?」

マルスはやる気の無さそうな目でマスターを見据えている。マスターの不可解な挙動に反感を覚え、今回の彼の申し出に乗り気でないのだ。マスターは王子の問いに答える気がないのか、黙ったままその蒼い視線を受け止めていた。
マルスは一つ、大仰に溜め息を吐いた。

「…じゃあ質問を変えるけど、マスターの向かう場所に危険があるのかい?それとも…不確定要素が多すぎて危険なのかい?」

「恐らく両方だ。あるいは危険など全く無いのかもしれない。私はそれを確認しに行くんだ」

またもや意味深な返答である。マルスは苛立たしげに息を吐き出した。それを見かねたようにリンクが口を挟む。

「もし危険であるというなら、我々も多少はその危険のことを知っておきたいのです。もっと具体的なことを教えてもらえませんか」

勇者の言葉は、しかしさしたる意味を成さず、マスターはただ「追々話す」とだけ答える。普段は胡散臭い創造神ではあるが、しかしこの時ばかりは一概にその言を一蹴させない威圧感があった。

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