世界よ、愛しています

*20

赤い外套が翻る。緑がかった褐色のバンダナをはためかせ、その男は身の丈ほどもある大剣を遥か頭上に放り投げた。
金色の剣が、光源のない亜空で鈍く光る。それを見上げて、マルスは思わず泣きたくなった。

「天空!!」

人並み外れた跳躍力で、空中の大剣に追い付いた男は、奥義の名を吠えてマスターに斬りかかった。さしものマスターも予想外の闖入者の存在に対応しきれず、まともに攻撃を食らって吹っ飛ばされる。驚いたのは決してマスターだけでなく、その場の全員が突然現れた男の存在に釘付けとなっていた。
マルスがその名を叫んだ。

「アイク…――アイク!どうしてここに…?!」

男――アイクは振り返り、そしてそのままマルスの手を引いて走り出した。

「後で話す。逃げるぞ」
「逃がさん!」

マスターが唸り、それに同調したワリオやクッパが追いかけて来る。アイクは肩越しにそれを見て舌打ちし、次いで先頭を走るネスの悲鳴に再び前を向いた。ネスの前方、彼らの進行方向の先が、ぼんやりと歪んでいる。アイクはネスの背中に怒鳴った。

「ネス、突っ切れ!」
「もう…どうにでもなれッ!」

既に考えることを放棄していた少年は、アイクの言葉に従って空間の歪みに突っ込み、姿を消した。掻き消えたようである。マルスは一瞬血の凍る思いをしたが、アイクがその手を強く握り締めた。

「心配するな。あれが出口だ」
「アイク…」
「あと少しだ、もっと早く!」

ネスに次いでピカチュウが消え、デデデが消え、アイクたちの到着を待っていたメタナイトもついに姿を消す。アイクの手がもう出口にかかるという段になって、しかしマスターハンドがマルスに追い付いた。それはがばとマルスに掴みかかった。

「うわぁ!」
「捕まえたぞ!」

既にアイクは空間の歪みに片足を突っ込んだ状態だったが、しかし突如聞こえたマルスの悲鳴に慌てて振り向いた。マルスがマスターに片足を掴まれ、今にも亜空に引きずり戻されようとしている。アイクはマルスの腕を一層強く握り締め、歯軋りした。

「くそ、離せ!」
「アイク君、誰に向かって口を――おや?」

アイクの悪態に激昂しかけたマスターだったが、何かに気付いたのかはたと動きを止めた。そして次の瞬間には、おぞましいほどの高笑いと共に叫んだ。

「嗚呼!まさか!そういうことだったのか!!」
「な…」
「マルス君!創造神の力を受け取っていたのは君だったんだな!」
「はぁ?」

脈絡のないマスターの発言に、マルスとアイクも反応に窮する。アイクに事情が分からないのは勿論、マルスでさえもマスターが何を言っているのか見当もつかない。
が、マスターは説明をする気などさらさらないようで、ただ狂気に満ちた笑い声と共に続けた。

「ますますもって君を逃がす訳にはいかなくなった。さぁ、その創造神の力を寄越してもらおうか!」
「く…ぅ」

マルスはマスターに引きずられ、アイクもまたじわじわと亜空に引き戻されていく。
しかし、そんな折に空間の歪みが大きく揺らめき、二つ何かが亜空に飛び出した。一つは腕で、引き戻されそうになるアイクの腕をがしと掴み、もう一つは電撃を纏い、青い火花を撒き散らしながらマスターに突撃していく。それは叫んだ。

『マルスを放して!』

ピカチュウである。彼は一直線にマスターに激突し、その手の甲にしがみつくと、今度はそこで体内に溜めた電気を一気に放電した。並々ならぬその力に、マスターの拘束が一瞬緩む。
その隙にアイクはマルスを引きずり出し、出口に倒れ込んだ。瞬間、出口と呼ばれる空間の歪みが徐々に薄れ、亜空への繋がりが絶たれようとしているのだ。
しかし、亜空ではピカチュウが未だにマスターと対峙している。

「ピカチュウ!早く!」

マルスが叫ぶ。マルスの声がきちんと聞こえているはずのピカチュウは、僅かに耳を動かして、しかしその場から動くような素振りを見せなかった。毛を逆立てて、威嚇するように電気袋から放電し、マスターを睨む。

『…えへへ、ボク、こういうの向いてないなぁ…!』

しかし、実際彼の足は恐怖に震え、その場に棒立ちになっているも同然だった。
マスターの罵声が響き、クッパの咆哮が大気を揺らす中、ピカチュウはもう消えかかった出口を振り返り、呟いた。

『きっと助けに来てね、マルス』
「ピカチュウ――!」

マルスの絶叫が、ふいと途絶える。出口が完全に閉ざされたのだ。ピカチュウはついに一人になり、自分を取り囲むように立つ“仲間であるはず”の者達を見上げた。どの表情も険しく、マスターに至っては言葉もままならぬほど怒りに打ち震えていた。
が、結局マスターのその怒りが爆発することは無かった。マスターはふとその震えを収めると、静かに、そして冷ややかに言ったのだった。

「…ガノンドロフ君、その裏切り者のことは君に任せよう」
「……」

ガノンドロフがずいと大股に一歩踏み出す。ピカチュウはちゅーと鳴いて縮み上がり、盛大に後退った。

『ああ…やっぱり、向いてない…!』

***

「そんな…」

消えた亜空への道へ、届くはずもない手を伸ばしたまま、マルスは茫然自失となっていた。勿論それはマルスに限った話でなく、その場にいた全員がそうではあるが。

「助けに…助けに行かなきゃ」
「そう思ってるなら話は早い」

マルスの呟きに、答える者があった。マルスは弾かれたように顔を上げる。癖の強い金髪の下から、獣のような碧い瞳がこちらを見下ろしていた。

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