世界よ、愛しています

*19

「…ばっかみたい!」

突如甲高い声で叫んだのは、ネスだった。その声に少なからず全員が飛び上がり、その視線が彼に集中する。少年は、丸い瞳を剣呑に細めてそれらを睨み返した。

「裏切るとか、騙すとか、全部馬鹿げてる。…ねぇ、マルス!」

ネスがマルスを呼ぶ。マルスはぎくりと肩を竦めた。

「あ…ネス、くん…」
「僕はアンタを信用してないよ。…でも、アンタが悪い奴じゃないことは知ってる」
「……え」

はっきりとそう言い切り、ネスは次いでマスターを睨む。マスターはゆらゆらと漂いながら少年を見下ろした。

「マスター、僕はアンタのことも信用してない。しかもどっちかっていうと、今はマルスよりもアンタの方が信じられない!」
「…つまり?」

冷ややかな声が降って来る。今やネスを見下ろすマスターの声は、明らかな怒気を孕んでいた。

「君も、マルス君に付くと?私を裏切るのかね?」
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいね。僕はただ…――」

眉を吊り上げ、語調も荒く言い返しかけたネスを、駆け寄ってきたマルスが引き寄せる。そのほんの僅かな後に、マスターの拳がネスの影を叩き潰した。ネス、ピカチュウ、デデデの悲鳴が重なる。呆然とするネスを抱きかかえたまま、マルスが吠えた。

「何をする気だ!正気か!?」
「裏切りは罪!粛清されるのも仕方無かろう」
「…なん、だと…!?」

ついにマルスが剣を抜く。事態があまりに異常だった。タブーどころではない。寄る辺であるはずのマスターハンドが、マルスを裏切り者呼ばわりし、あろうことか粛清すらも辞さない構えなのである。
ピカチュウ、メタナイトがそれに寄り添うように立ち、迷った挙げ句デデデもその輪に加わった。
マスターはわざとらしく溜め息を落とす。

「私としても、君たちを粛清せねばならないのは心苦しい」
「よ、よく言うぞい!あんなことをした後で!」

メタナイトの後ろに隠れながらデデデが言った。それを全く黙殺し、マスターは残ったクッパ、ワリオ、Mr.G&W、ガノンドロフを見やる。

「君たちは私を信じてくれるかね?」
「さてなぁ」

耳くそをほじった指先を口で吹きながら、ワリオはげらげらと笑った。

「正直どちらも興味はねぇなァ。だが、アンタに付いてた方が得しそうだ」
「ワガハイはマスターを信じるぞ!」

炎を吐きながら興奮気味に答えるのはクッパ。Mr.G&Wはピコピコと電子音を響かせるのみだったが、ガノンドロフは腰に差した長剣を抜きながら歩み出た。その眼は既にマスターなど飛び越え、マルスだけを見据えている。
そうしてガノンドロフは低く唸った。

「…ついさっきは不覚を取ったが、今度はそうはいかん。小僧、かかってこい」
『マルス!ガノンおじさん、さっきの人形化のことまだ怒ってるよ!』

ピカチュウが悲鳴を上げる。マルスは油断なくマスターを睨みつつ、自分の失態に唇を噛んだ。
――これでは全く自業自得!自分で恨みの種を蒔いたというのに!

「…逃げよう」

背後で震える仲間たちだけに聞こえるよう、マルスは囁いた。音を妨げるものが何もない亜空である。恐らくそれはマスターたちにもはっきり聞こえているだろうが。

「走って逃げるんだ」
「何処に?」

ネスが聞き返す。辺りは見渡す限り暗闇が広がる。入り口も出口も端から存在しない。
ネスの問いに、マルスは答えを返せなかった。答えが見つからなかったのも勿論あるが、ガノンドロフが体勢を低くして斬りかかってきた為だ。
強く踏み込み、同じく力の限りに斬り付ける。が、いざ剣を交差させて押し合うと、踏みしめた左足に鈍痛が走る。思わず体勢を崩したマルスは大きく弾かれ、仰向けに吹っ飛ばされた。

「温い!温いぞ!!」

ガノンドロフが叫んでとどめを刺さんと肉薄してくる。それも勿論恐ろしい光景だが、更にその背後からマスターの援護があっては、さすがの英雄王も勝機を見いだせない。マルスは跳ね起き、唖然とする仲間に怒鳴った。

「走れ!とにかく逃げろ!」
「だから何処にだよー!?」

半べそになりながら、しかしネスは弾かれたように走り出した。それにピカチュウも続き、メタナイトに押されてデデデも走り始める。
マルスもこけつまろびつしながらその場を逃れる。ガノンドロフの罵声が轟いた。

「一度は儂に勝っておきながら、今度は儂に背を向けるか!臆したか!」
「……!」

響く罵声に、しかしマルスは足を止めなかった。ガノンドロフの怒りも最もだとは思うし、何かしらの報いを受けるべきとも反省しているが、しかし今は時期ではない。

(そして、恐らく、魔王もそう思っているだろう)

マルスには、確信があった。

だが、いち早く逃げ出したとて、亜空には道もなければ障害物もない。果てすら存在しないそこで、逃げ場など見付かりようもない。
ガノンドロフを追い越して、ついにマスターがマルスらの頭上に迫った。全員を握り潰す算段だろう。

やられる前に攻撃するか。しかし僕の非力では神たるマスターの足留めにもなるか怪しい。
カウンターを狙うか。だが左足の負傷が思ったよりも響いている。踏ん張りきれる保障はない。
嗚呼、嗚呼、どうすればいい。とにもかくにも、共に走る彼らだけでも何とか逃がしてやらねばならない。何かあるはずだ、何処かに解決の糸口が――
僅かな一瞬にそんな考えが浮かんでは消え、しかし何ら妙案は浮かばずに時は過ぎた。

「では、諸君。さらばだ」

無感動な声が投げ掛けられて、同時に頭上から巨大な手袋が叩き付けるように降ってくる。マルスは剣を構えてそれを振り仰ぎ、しかし動くことが出来なかった。
果たして人生幾度目かになる絶望の一瞬が、妙に緩やかに流れていく。

――嗚呼!何故こうも僕は無力なのか!!

「誰か…助けて…!」



「――任せろ」

果たして、彼の願いは聞き入れられた。低い囁きと共に、マルスの隣を一陣の風が通り抜けた。

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