世界よ、愛しています
*18
亜空爆弾が爆発し、その爆風に呑み込まれて、しかしマルスは意識を手放しはしなかった。体の小さなメタナイトが吹き飛ばされそうになるのを捕まえて、なんとかその場に踏みとどまる。辺りの景色は溶けるように消え、世界は暗闇に包まれた。
そこで爆風と轟音は止み、世界に静寂が訪れる。マルスはそれでもメタナイトを抱えたまま、しばらくじっとして動かなかった。
静寂が沈黙に変わり、メタナイトが居心地悪そうに身動ぎするのを感じ、しかしマルスは彼を抱く腕に力を込めた。思いの外抱き心地が良い。カービィと触感が似ている。
『あ、マルスとメタナイトだ』
そんな折に、彼らは聞き慣れた声を聞く。少年特有なソプラノボイスを振り返ると、そこには黄色い電気鼠が愛くるしい姿でちょこんと佇んでいた。それ以外にも、クッパやワリオ、ガノンドロフ、更にはネス、デデデといった仲間たちの姿が確認出来る。思わずマルスは顔を綻ばせた。
「…良かった、みんな無事で…」
「良いものか、この裏切り者め!」
しかし、マルスの安堵とは対照的に、彼を迎える仲間の反応は冷淡だった。裏切り者、と叫んだのはクッパ、それをピカチュウが諫めるように声を荒げる。
『クッパさん!まだそうと決まった訳じゃないよ、きっと何かの間違いだって』
「間違いなはずがあるかよ。じゃあ、お前さん、マスターハンドが嘘を言ってるってぇのかい」
ピカチュウの反駁にもクッパは悪びれた様子を見せず、寧ろワリオがクッパの主張を擁護する。その他の口を開いていない面々についても、とても友好的とは言えぬ態度で、マルスはようやくこの場に流れる異質な空気を汲み取った。
「…ちょっと…待ってくれ。裏切り者って一体…?」
「とぼけるつもりか?」
地の底から響く重低音で唸るのはガノンドロフだ。それに勇気付けられたように、クッパが続けた。
「マスターハンドから全て聞いたぞ。貴様は破壊神とやらと共謀して、この世界を破滅に導こうとしているそうじゃないか!」
「……はぁ?」
あまりに突拍子のない疑いに、マルスは返す言葉も見つからなかった。一体何をどう間違えればそのような結論に至るのか理解出来ない。確かに、この世界に来てからの自分は誰に対しても終始攻撃的で、決して信頼の得られるような立場でないことを自覚しているが、それにしてもそのような根も葉もない嫌疑はどこから生まれたというのか。
「貴殿ら、それは何かの間違いであろう。マルス殿はそのようなことを画策するような男ではない。私が保証しよう」
マルスの腕の中で、メタナイトがそう反論する。メタナイトの思わぬ言葉には、寧ろマルスが一番驚いたが、Mr.G&Wがピコピコと電子音を響かせた。
「シカシ、めたないとサン。貴方ハまるすサント共ニ現レタ。貴方ノ言葉モ信用出来マセン」
「Mr.G&Wの言う通りだよ」
突如、亜空の彼方から声が響いた。マルスはその声の孕む敵意に背筋が凍り付く思いだったが、その他の大勢は友好の態度でもって声の主を迎える。
どこからともなく現れたのは、人の身の丈を悠に超える大きさをした巨大な白い手袋。この世界に住まう英雄の創造主にして、もっとも良き理解者でもあった彼――マスターハンドを前に、しかしマルスはおぞましさしか感じることが出来なかった。
マルスは腕に抱いていたメタナイトを解放した。危なげなく着地してみせたメタナイトは、不思議そうにマルスを見上げる。マルスはマスターを見上げながら後退りした。
「…マルス殿?」
「僕と一緒にいると、貴方まで妙な疑いを掛けられてしまう」
「私は貴殿を疑っていない」
メタナイトは、マルスと共にマスターに向き直った。
「これでも人を見る目は確かなつもりだ」
「ほら、君たち聞いたかい!?」
轟く声で、マスターが言う。亜空が震え上がるようだった。
「悲しむべきことに、メタナイト君は既にマルス君にすっかり騙されていると見える!嗚呼、何たること!私の力が及ばないばかりに!」
「…どういう意味だい?僕が卿を騙していると?」
「嗚呼、嗚呼。そうだとも。君は私さえも欺いた!君だけが、私の世界における禍根だった!」
白い手袋は身悶えするように指を震わせた。怒りを表すようでもある。その発せられる殺気には、さすがの英雄も気圧されるものがあり、誰もが息を殺し、マスターの次なる言葉を待った。
マスターは続けた。
「嗚呼、憎たらしい!あの時君を逃がしさえしなければ、こんなことにはならなかったのに!!」
「…何を…何を言ってる…?」
いよいよマスターの発言が理解出来ず、マルスは更に数歩後退った。とにかく恐ろしかった。まるでマスターでない人物が乗り移っているかのようだ。
ふと、マスターの声がぴたりと止む。かと思えば彼は一つ咳払いをして居住まいを正した。
「…失礼。つまり、マルス君は、私の世界を脅かす不穏分子だと言いたかったのだよ。それは先程君たちに話した通りだ」
そこでマスターがクッパたちを見やる。クッパやワリオが頷く中、ネスは口を真一文字に引き結び、ピカチュウはオロオロとマスターとマルスを見比べた。
マスターは猫なで声で言う。
「マルス君、君は策士だ。君の言葉に、惑わされる者は多いだろう」
『ま、マスター。やっぱり何かの間違いなんじゃない?マルスも違うって言ってるし』
あまりに殺伐とした空気に耐えかねて、ついにピカチュウが口を挟んだ。しかしマスターは深く溜め息を吐き、ピカチュウ君、と沈痛な声を出した。
「君までも、彼にほだされていたのかね。…嘆かわしい。君にはもう少し分別があると思っていたのだが」
『ち…違うよ、マスター!でも、ボクは…っ』
ピカチュウは心底困ったようにマルスとマスターを交互に見た。どちらも信頼しているが故に、どちらを信じるか決めかねているのだ。
しかし、マルスにしてもピカチュウにかける言葉が見付からない。まして信じてくれなどと言える立場にないことも重々承知していた。
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